蜷川幸雄

- 「世界のニナガワ」も日刊スポーツのインタビューではカメラマンの要求に「おい、プロレスラーかよ!」と言いながらもポーズを決めてくれた。
希代の舞台演出家・蜷川幸雄。稽古では容赦なく罵声を浴びせ、時には灰皿をぶん投げた。多くの若手を発掘し育てた。俳優たちは激しい叱咤(しった)とともに創造することの苦しさ、素晴らしさを学んだ。海外公演を成功させ「世界のニナガワ」として高く評価された。2016年5月12日、80歳で他界。蜷川の秘蔵っ子・藤原竜也は「――ちっちゃな俳優になるな」を忘れない。歌手が暴力団との交際を理由に紅白出場辞退となった際、「芸能に一般道徳を持ち込むのはおかしい」と、審査員を降板した。長女実花を新宿に連れ出し、雑踏を前に「みんなが右に行っても、自分が正しいと思ったら、1人でも左に行きなさい」と〝教育〟したこともある。(/_;)
<芸能・2016年5月17日掲載>



