「人の記憶に残るのはやっぱり決勝。予選落ちも準決勝落ちもどっちも落ちてる。決勝で走るかどうか」

 9秒98を出した桐生祥秀。目標は世界大会のファイナリストになることだ。最近の決勝進出ラインは9秒99。黄色人種初の9秒台を記録した蘇炳添(中国)は自己ベスト9秒99で世界大会決勝に2度進出。タイムでいえば、蘇を0秒01上回った黄色人種最速の桐生にも可能性はある。

 9秒台よりもファイナリスト。その意識がより強くなった大学2年の15年夏だろう。春先に3・3メートルの追い風参考で9秒87を記録。12年ロンドン五輪5位のベイリー(米国)に先着した。期待は高まったが、5月に右太もも裏を肉離れ。同年8月の世界選手権北京大会は大学の寮で仲間と一緒にテレビ観戦した。

 テレビ画面に映ったのは同じ95年生まれのブロメル(米国)が銅メダルを獲得した姿だった。1年前の14年7月、世界ジュニア選手権で対決した同世代のライバル。当時はブロメルが銀、桐生が銅。桐生は「ブロメルの銅が一番大きかった。同級生ですが、ブロメルは3番、僕は出場していない」と口にしている。

 13年世界選手権モスクワ大会以来の世界大会となった16年リオ五輪。100メートルはボルトと同組で予選敗退した。今年6月の日本選手権は4位で個人種目での世界選手権ロンドン大会を逃した。その無念をぶつけて9秒98を記録して「やっと4年間くすぶっていた自己ベストを更新できた。やっと世界のスタートラインに立てた」と言った。

 桐生が10秒01を出した13年のセカンドベストは10秒17。9秒98を出した今年のセカンドベストは10秒04で、10秒0台を4度出した。アベレージを見れば、大きく違う。土江コーチとの二人三脚で、着実に力をつけた。

 ではファイナリストになるための鍵は何か。蘇炳添(中国)は15年世界選手権準決勝で向かい風0・4メートルの条件下、自己ベストタイの9秒99を出し決勝に進出した。桐生も「やっぱり強いな」と認めている。風などに左右されず、狙ったレースでベストの走りをする必要がある。桐生が口にした「コンスタントに9秒台を出したい」という言葉がすべてといっていい。

 桐生の走りに、何度も驚かされてきた。シニア初戦の10秒01(13年4月)シーズン初戦の9秒87(15年4月)調整レース準決勝の10秒01(昨年6月)。極め付きは欠場もよぎったレースの9秒98(今年9月)。桐生がスタートラインに立つ限り、常に9秒台の可能性があった。コンディションも、春、夏、秋の時期も、予選、準決勝のステージも関係ない。いきなりスパークするだけに、取材する側として「油断した時にドン! それがジェット桐生」と思って、備えてきた。来季以降は「期待した時にドン!」という「ジェット桐生」が見たい。【益田一弘】

 ◆益田一弘(ますだ・かずひろ)広島市出身、00年入社の41歳。大学時代はボクシング部。陸上担当として初めて見た男子100メートルが13年4月、織田記念国際の10秒01。昨年リオ五輪は男子400メートルリレー銀メダルなどを取材。