「チームジャパン」としての日本バスケ再出発のきっかけになってほしい。

東京五輪の開催国枠を国際バスケットボール連盟(FIBA)から確約されていない日本バスケ界にとって、青天のへきれきだった。ジャカルタ・アジア大会期間中に、バスケットボール男子日本代表の4人が「JAPAN」のTシャツを着用したまま歓楽街で買春行為を行った。日本オリンピック協会(JOC)からは日本選手団追放、日本協会からは主催大会の1年間の出場停止処分を受けた。

会見の冒頭、改めて不祥事について謝罪する日本バスケットボール協会の三屋会長(中央)。左はBリーグの大河チェアマン(撮影・林敏行)
会見の冒頭、改めて不祥事について謝罪する日本バスケットボール協会の三屋会長(中央)。左はBリーグの大河チェアマン(撮影・林敏行)

JOCからの処分が下った19日から、日本協会の処分が決定した29日まで、わずか10日間。引き締めるところを引き締め、選手もしっかり守る迅速な対応から、日本協会の三屋裕子会長(60)の日本バスケ再興の決意、選手への愛がにじみ出ていたように思えた。

「ガバナンスや男子代表の強化等々、改善すべき課題に向けてまい進してきた。この問題で瓦解(がかい)させてはいけない」。日本協会内のガバナンス面の脆弱(ぜいじゃく)、2リーグの並立を理由に14年にFIBAから国際大会出場の資格停止を受け、東京五輪の開催国枠の付与についても保留された。以降は16年にBリーグが開幕し、協会のガバナンスもFIBAから高評価を得て、上り調子だった。男子代表の強化策の成果が結実すれば、東京五輪開催国枠も見える-、その直後だった。

三屋会長は覚悟をもって対応に臨みながら、選手にも寄り添った。即時帰国した4人を記者会見で全国の矢面に立たせ「包み隠さずに答えなさい」と選手たちに声をかけたという。記者会見にも時間制限をもうけず、全ての質問に、会長、選手、東野技術委員長が1つ1つ丁寧に答えた。その中で「選手をつぶさない」とも三屋会長は言い、4人の再生を願った。

選手や関係者への処分を発表し、厳しい表情で記者の質問を聞く日本バスケットボール協会の三屋裕子会長(撮影・林敏行)
選手や関係者への処分を発表し、厳しい表情で記者の質問を聞く日本バスケットボール協会の三屋裕子会長(撮影・林敏行)

日本協会は9月5日の定例理事会を待たずに、8月29日に臨時理事会を開催し4人への処分を決めた。1年間という期間に三屋会長は「選手にとっての1年間は、十分に重い」と自身がバレーボール選手だった経験から選手をおもんぱかった。日本協会の対応に、FIBAのワイス財務部長も「東京五輪開催国に影響はない」と明言し、「三屋会長リーダーシップはすばらしい、皆様の味方です」と評価した。

「JAPAN」のTシャツを着用しての行動は、言い逃れのできない不適切なものだった。ジャカルタに残された8人の選手はプレータイムも増え、肉体的、精神的な負担を強いられた。弁明の余地はないものの、問題を起こしてしまった4人も、27歳、23歳、22歳の1人の人間。今はどん底かもしれないが、まだまだやり直せる。「JAPAN」の重み、日本を代表することの意味や責任を再確認した日本バスケは、三屋会長のリーダーシップのもとに、新たな出発を切る。【戸田月菜】

◆戸田月菜(とだ・るな)1994年(平6)、福島・白河市生まれ。小学4年から大学までバドミントン一筋。17年入社。145センチ。