バスケットボールBリーグ、レバンガ北海道の佐古賢一新監督(50)が5日、札幌市内で就任会見に臨んだ。トップリーグ優勝9度、MVP3度、ベスト5に9度選出された「ミスター・バスケットボール」が「レジェンド」折茂武彦社長(51)と日本代表以外では初めて同じチームで共闘する。同新監督は「最初から優勝できるチームはない。ファイナルに進む2チームは尻上がりに強くなる。逆風の中、突き進むメンタルが必要」と、勝者の心理をたたき込むことを誓った。

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バスケット界をけん引してきた「ミスター」が力強く、意気込みを口にした。「レバンガ北海道の監督になれたことに感謝している。私の経験値を惜しみなく注ぎ込みたい」。紺のスーツ、胸には3人の娘から贈られたレバンガカラーの黄緑のネクタイ。改革への情熱と決意を、張りのある強い声に込めた。

勝者のメンタルをたたき込む。高校時代からライバルだった折茂社長が代表を務めるチーム。11年の現役引退後も外からずっと見守ってきた。「選手のマインドセットに問題があるのではと感じていた。雰囲気を変えないと。優勝戦線を外れたときに、いつものレバンガの姿になる。逆風の中でも突き進むメンタルが絶対に必要」。98年に日本を31年ぶりの世界選手権に導いた司令塔が、4季連続地区最下位に終わったチームに、強い心を植え付ける。

強いチームがどういう集団か熟知している。「最初から優勝できるチームはない。ファイナルに進む2チームは尻上がりに強くなる。そのタフさは順位関係なく戦っているチームとは比にならない」。まずは上位で戦う重圧の中に入れるように鍛え、成長を続けられる組織にする。「殻を破らないといけない時がある。9度優勝したが最初の優勝が一番きつかった。自分より経験のある選手と対峙(たいじ)し、そこを乗り越えられるか」。困難から逃げず、打ち破っていく力が変革の糧になると説いた。

自宅は横浜にあり単身赴任する。折茂社長とは家族ぐるみの交流があり、妻に監督就任の話を伝えると「運命じゃないの」と背中を押されたという。佐古新監督は「家族も理解してくれた。全身全霊でやり遂げたい」。6日から指導を開始し、9月24日のプレシーズンマッチ三遠戦が初采配。10月2日、17年まで率いた広島とのリーグ初戦に向け、たっぷり佐古イズムを注入していく。【永野高輔】

 

◆佐古賢一(さこ・けんいち)1970年(昭45)7月17日、横浜市出身。北陸高-中大-いすゞ自動車-アイシン。北陸高3年で全国高校総体優勝。95年ユニバーシアード準優勝。トップリーグ優勝9度、MVP3度、ベスト5を9度。日本代表ではポイントガードとして97年アジア選手権2位。11年3月引退。14~17年5月広島監督。17年6月~21年7月まで男子日本代表アシスタントコーチ、18年から男子アンダーカテゴリー日本代表ヘッドコーチを兼務した。愛称は「ミスター・バスケットボール」。家族は妻と1男3女。現役時は179センチ、78キロ。

 

佐古監督の一問一答は以下。

-オファーはどのタイミングで受けたか

佐古監督 いつというのは明確ではない。折茂とは頻繁に連絡を取り合っていて「変化をもたらさないといけない」という相談の中で。自分にオファーを出すということは折茂も腹をくくったんだと思った。仲が良いからと言って公私混同してはいけない。戦えるチームをつくるという思いでここに来ている。

-どんなチームにしたいか

佐古監督 凡事徹底。簡単なことを100%の力で取り組む。そういうチームに粘りが出てくる。あきらめないチームになる。ヘッドコーチとの間に壁や溝があるチームはあまり好きじゃない。選手、スタッフ全員で作り上げるプロセスを大事にしたい。結果よりも過程が大切。

-折茂社長と同じチームになって

佐古監督 僕ははっきり白黒もってどんどん歩を進めていく方だが、折茂は警戒心が強く、石橋をたたきながら進むタイプ。正反対の性格だから合うのかもしれない。互いにリスペクトしている。折茂も自分も優勝を経験している。チームは歴史の積み重ね。レバンガが優勝を語れる歴史を残せているかというと、残せていない。優勝できるチームには、それまで積み重ねた歴史が必要。自分に何ができるか分からないが、優勝を目指す土台づくりは絶対にしないといけない。今年、何か見せられるかもしれない。

-北海道で好きな食べ物は

佐古監督 ジンギスカンもすしも好き。スープカレーは、以前は邪道だと思っていたが最近、少しハマってきている。4軒ぐらい食べに行きました。もっと増やしていきたい。

-趣味は

佐古監督 バイクが好きで、エンジンを解体したり組み立てたりしている。

 

○…折茂社長も、戦友の就任を喜んだ。「17歳から一緒にバスケットをやってきて初めて同じチームでやれる。いろんな思いがこみあげてくる」と話した。プライベートでは家族ぐるみの交流があるが仕事は別だ。「勝負の時が来たと感じている。変えられるのは彼だと思って選んだ。僕も本気で上を目指すクラブにする責任がある。代表としてサポートしていけたら」と強い口調で話した。