夢は球団社長?

 元パイレーツの桑田真澄氏(40)が28日、早大大学院スポーツ科学研究科に合格した。専攻するトップスポーツマネジメントコースでは経営学などを学ぶが、桑田氏は進学の理由として、運営側に立った日本野球界の改革という大目標を掲げた。高校、プロ、メジャーと野球界のトップを走り続けてきたアスリートが、指導者を飛び越えた大きな夢に向け第1歩を踏み出した。

 東京都内で取材に応じた桑田氏は、大学院合格の喜びもそこそこに、次の目標を口にした。「監督をやっても野球界を変えられないと思った。現場の、その上で動かしている人がいる」。意味しているのはプロ野球のオーナーか、コミッショナーか。明言はしなかったが「もっと大きな夢を持っていますよ」と意味深に話した。

 選手時代を振り返り、「30歳までは監督が最終目標だった」という。「でも30歳を過ぎるとまわりが見えてきた」。日本の野球界を動かす側に立つには、経営などの勉強が不可欠と感じていた。06年、早大大学院に1年制の修士課程である「トップスポーツマネジメントコース」が新設されたとき、「絶対ここに入りたいと思った。運良く早稲田だったし」と受験の意志を固めたという。

 昨年3月、大リーグのパイレーツを最後に現役を引退した。帰国後は独立リーグや高校野球など、プロ以外の野球に目を向けてきた。アマチュアを含めた野球界全体を見渡し、さらに大学院で勉強する。「コーチも監督も素晴らしいが、経営やマーケティングも勉強したい。(野球の)中はよく知っている。外側を勉強していきたい」。特定の野球観に縛られない広い視野を持つことで、将来の人生に生かそうとしている。

 桑田氏は母方の祖父が早大出身で、校歌「都の西北」を子守歌代わりに聞いて育った。将来の目標を聞かれると「PL学園-早大-巨人」と言い続けてきた。85年のドラフト会議で巨人に1位指名されてプロ入りし、早大と巨人の順番は違ったが、40歳にして幼少時の目標を達成したわけだ。「生きてるって、こういう感動があるから楽しい」としみじみ語った。

 入学式は4月2日で、週4回、大学に通うことになる。学業と仕事の割合を「9対1か8対2になる」と予想。念願のキャンパスライフを思い描き「早慶戦の雰囲気を味わってみたい。いろんな体育会の学生も見て、彼らから吸収したい」と話した。数々の困難を乗り越え、自らの夢を着々と実現していく桑田氏。球団経営、野球界改革という目標もまた、夢で終わらせるつもりはない。【高宮憲治】

 [2009年1月29日8時53分

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