故郷に恩返しだ。楽天斎藤隆投手(42=前ダイヤモンドバックス)が8日、Kスタ宮城で入団会見を行った。生まれ育った仙台で、8年ぶりの日本球界復帰。自然と熱くなった。3階の会見場から球場を見渡すと「仙台にチャンピオンフラッグがはためくように、イーグルスの一員として1歩1歩、歩んでいきたい」と力強く宣言した。

 日米複数球団からオファーを受けた中、数年前から打診し続けてくれた楽天を選んだ。決め手は、球団の“熱”を感じたこと。「若い球団がメジャーの良いところを取り入れ、日本の良いところを残し、日本の野球そのものを変えようとしている。東北のチームが世界に向いている。熱くなりました」と誇らしげだった。約30分の会見では、何度も「東北」と口にした。「言葉は足りない」と言いつつ、震災復興への思いも熱かった。「残念ながら野球は全ての人をフォローするものじゃない。半面、野球にしかない力もある。我々にできることは勝つことです」。育ててくれた場所に、直接の恩返しを始める。

 3週間後に迫るキャンプを見据え、徐々にトレーニングの強度を上げている。数字の目標は「自分の中にはあるが」とし、あえて挙げなかった。後はグラウンドで見せる。「残された時間は短いとメジャーを目指した。成就すれば次につながるだろうと。今、ここにいる。つながったのかな」。つながった運命の先、東北球団初の優勝を思い描いている。【古川真弥】

 ◆斎藤と仙台

 斎藤は仙台生まれの仙台育ち。Kスタ宮城から4キロ足らずの遠見塚小、南小泉中に通った。自転車で宮城球場(現Kスタ宮城)まで行き、同球場を暫定本拠地としていたロッテの試合を見たこともあった。高校は東北に進学。3年夏、同球場での決勝戦に勝ち、甲子園出場を決めた。大学も市内の東北福祉大。横浜では、同球場の登板は00年の1回だけだった。東日本大震災では、東松島の父方の実家が津波で流失。親戚、知人も被害を受けた。11年オフにはMLB選手会代表として石巻を訪れ、少年野球チームに支援物資を手渡した。