俳優吉田鋼太郎(57)が「彩の国シェークスピア・シリーズ」(さいたま芸術劇場)の2代目芸術監督に就任した。今年5月に亡くなった演出家蜷川幸雄さん(享年80)がシェークスピアの戯曲全37作の上演を目指し、98年にスタートしたシリーズ。これまでに32作を上演し、34万人を動員。国内外で高い評価を受け、吉田も4作に主演するなど計12作に出演した。

 吉田にとって蜷川さんは「師匠、恩師という以上に父親のように思っている」存在だが、最初の出会いは最悪だった。22歳の時、唐十郎作、蜷川さん演出「下谷万年町物語」のオーディションを受けたが、主役は渡辺謙に決まり、吉田は約100人のオカマ役だった。稽古初日の踊りの場面でやる気のない演技をしたところ、蜷川さんから「そこのオカマ、踊れ、オカマで踊れ」と叱責(しっせき)が飛び、嫌気が差した吉田は翌日から稽古に出なかったという。

 それから23年後の04年、吉田が同シリーズ第13弾「タイタス・アンドロニカス」に主演。以来、蜷川さんが最も信頼する俳優になった。10年前には蜷川さんから小栗旬、松坂桃李ら若手俳優の演技指導を任されるようになった。全作上演まで残り5作になった今年、蜷川さんは亡くなる1カ月前に病室で関係者に遺言を残した。「鋼太郎が若手俳優の面倒をみてくれるのを含めて、残りをやってくれると安心なんだがなあ」。 今や吉田は舞台だけでなく、ドラマ、映画にも出演するなど俳優として多忙を極める。その中で、芸術監督を引き受けた背景には、今の自分は蜷川さんの引き立てによるという思いがある。「蜷川さんとは気が合った。ここ5年は自由にやらせてもらったし、人前でもほめてくれた」。吉田芸術監督の第1弾は「アテネのタイモン」で、蜷川さんの薫陶を受けた若手たちも数多く出演する。今後は年1作のペースで上演し、全作達成を目指す。吉田は「蜷川さんはやりたくないものばかり残した。地味な作品だけど、逆に燃える。シェークスピアをやってきた人間として、『蜷川さんならこうするだろう』というものと、『自分ならこうする』というものを入れて、新しいものを作りたい。受け継いだ蜷川さんの血と僕の血の両方を融合させて、演出できれば」と意気込んでいる。

 そして、全作達成後は、生前の蜷川さんが構想していた吉田主演「テンペスト」で締めくくるという。「テンペスト」のラストで、主人公プロスペローは自らの人生にかかわったすべての人への感謝の言葉を語るが、蜷川さんはそれを演劇にかかわったすべての人への感謝の言葉として、吉田に託すことを決めていた。2代目就任は、深い信頼関係で結ばれた師匠から弟子へのバトンタッチでもあった。【林尚之】