ドラマや映画で活躍した俳優の林隆三(はやし・りゅうぞう=本名同じ)さんが4日、腎不全のため、都内の病院で亡くなった。70歳だった。ここ数年は入退院を繰り返しながら、仕事を続けていた。5月28日に久々に行ったコンサートを終えた直後に倒れ、入院した。葬儀は故人の遺志で近親者、一部友人のみで行った。後日、お別れの会を開く。喪主は長男征生(まさお)さん。

 林さんは数年前から腎臓の病気などで入退院を繰り返した。昨年には手術を受けたが、今年5月上旬に仕事でニューヨークに行き、最後の出演作になったNHK時代劇「吉原裏同心」(今月26日放送開始)に医師役で出演していた。スポーツジムに通うなど鍛錬を欠かさなかったが、5月28日に都内のライブハウスで歌って、ピアノ演奏したコンサートを終えた後に倒れ、病院に搬送されたという。

 女優青木一子と結婚し元俳優の長男(38)、長女で女優の林真里花(39)の2人の子どもをもうけた。約20年前に神奈川県に3階建て豪邸を建てたが、夫妻は個人事務所運営をめぐって対立し、離婚協議の末に99年に離婚。以降、独身を通した。近所の主婦は「先月25日ごろ『撮影に行く』と言っていた。顔色も悪く、やせたように感じ『疲れた』とも話していた。気さくな、いい人だった」。亡くなった4日夜に長男と長女が訪れ「私たちも突然のことで、何が何だか分からない」と話したという。

 俳優座養成所を経て、70年に木下恵介監督のドラマ「俄(にわか)」に初主演。平賀源内を主人公にしたNHK時代劇「天下御免」で人気を得た。77年、津軽三味線高橋竹山をモデルにした新藤兼人監督「竹山ひとり旅」で第1回日本アカデミー賞主演男優賞受賞。味わいある演技でさまざまな役を演じ、渋みのある声で宮沢賢治の朗読劇やドキュメンタリーのナレーション、コンサートも行った。

 幼い時を仙台で過ごし、東日本大震災後に被災地を舞台にした映画に出演した。そのギャラを被災地に寄付し、被災地公演も続けた。所属事務所は故人の遺志として闘病経過を明かさなかった。生前、林さんは「俳優林隆三としてプライベートのことは控え、終えたい」と話し、通夜・葬儀も近親者の予定だったが、片岡仁左衛門、小野武彦、高橋長英、秋野太作ら友人が駆け付けた。自らを「人生の大根役者」と呼んだ林さんらしい、愚直な生涯だった。

 ◆林隆三(はやし・りゅうぞう)。1943年(昭18)9月29日、東京都生まれ。63年に俳優座養成所に15期生として入所。67年NHKミュージカル「ある愛の奇跡の物語」でデビュー。74年に藤田敏八監督「妹」で映画デビュー。「早春物語」「時雨の記」などの映画やNHK大河「黄金の日日」や「夢千代日記」「たけしくん、ハイ!」などのドラマ、「三文オペラ」などの舞台に出演した。