デットマール・クラマーという名前を聞いて、ピンと来ない若い方も多いのかもしれない。38歳の僕にしても、クラマーさんのすごさを、目の当たりにしてきた世代ではない。

 「日本サッカーの父」と言われても、その偉業はどこか歴史教科書に出てくるものと同じ。「すごいことを成し遂げた人がいるんだなぁ」という漠然としたイメージしか持てない、遠い世界の人でしかなかった。

 そんな僕が、クラマーさんと本紙企画のために、直接インタビューをする機会を得た。それも2度も。本当に幸運なことだった。どんな質問にも、丁寧に答えてくださった。1つ1つの言葉に、深い含蓄があった。

 指導者としてのあり方。そして人間としてのあり方。とつとつと語るクラマーさんの言葉を、僕は背筋をピンと伸ばして聞いた。一つの言葉も逃さないようにと、頭をフル稼働させた。

 あの時間があったからこそ、今の自分はいる。僕にとって、人生の大きなターニングポイントの1つだった。

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 クラマーさんがつぶやいた言葉を思い出す。それはゲーテの言葉の引用だった。

 「どんな力を前にしても歩みを止めない。決して屈することなく、勇敢であり続けよ。そうすれば神の手が導いてくれるだろう」。

 相手がどんなに強豪であろうと、決してあきらめることなく、勇敢に戦い続ければ、幸運が訪れるという意味だ。

 不安を持つと、プレーが不安定になる。何をどうしたらいいかの「ベース」がなくなってしまう。では自信を持つには、どうしたらいいか。クラマーさんはゆっくりと指摘した。

 「逆に言うと、なぜ自信を持てないのか。それは頭の片隅で『何かやり残したことはないか』と考えてしまうからだ。何もかもを『これ以上もうやることは何もない』というまで準備周到にやること。そうすれば、何を心配することがあるだろうか。辛抱することが大事だ。あせってはいけない。自分たちを信じて準備をつむことだ」。

 「やり残したことは何もない」というほどの準備をする。戦術的にも、技術的にも、徹底的に分析をする。できる限りのことを全てすれば、恐れるものはないはずなのだと、クラマーさんは説いてくれた。

 「カップ戦で、ジャイアントキリングがおきるのはなぜか。勝てるかどうかはわからない。でも自分たちのベストを尽くして戦えば、何かが起こる。そう信じて、全力で試合に臨むことが大切なのだ」。

 そしてコピーでは、二番煎じにしかなれないことも強調していた。「オリジナルを身につけなければならない」と。そのためには、何が自分たちの長所なのかを、よく考えなければならない。

 監督として現役だった当時のクラマーさんは、スピードのある選手を最大限に有効活用する戦い方を模索した。

 「例えばそれは、ワンツーパスでの突破。パスを出したらすぐに動け。それをとにかく徹底させた。相手守備陣を高い位置におびき出し、裏にスペースが出来たところで、すばやい攻撃を仕掛けることも大切だった。日本の武道と同じだよ。相手に攻めさせ、その力を利用して投げ飛ばす」。

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 言葉は、聞いているだけでは情報でしかない。「なるほどなぁ」と感心しているだけでは、成長にはつながらない。伝えようとしたことを、それぞれの関係者が具現化していく努力をしていかないと、意味はない。

 クラマーさんは、選手と真正面から向き合っていた。選手へのリスペクトを、とても大事にしていた。その上で、やらなければならないことは一切の妥協をすることなく、貫きとおした。時には相手に、文句を言われようとも。

 こうした姿勢こそ、これからの世代にも、しっかりと伝えていかなければならないもののはずだ。自分も微力ながら、その一端を担うことができるように頑張りたい。【中野吉之伴】


 ◆中野吉之伴(なかの・きちのすけ) 1977年(昭52)7月27日、秋田県生まれ。国学院高、武蔵大をへて、01年4月に渡独。以来フライブルク在住。FCボルフェンバイラー(独8~10部)でプレーをしながら、SCフライブルクで指導者研修を受け、ドイツ協会指導者A級ライセンスまで取得。FCアウゲンU-19監督などを歴任。05年1月から日刊スポーツのドイツ通信員を務める。