<陸上・日本グランプリシリーズ第3戦:織田幹雄記念国際陸上競技大会兼世界選手権代表選考会>◇最終日◇29日◇エディオンスタジアム広島◇男子100メートル

 17歳の桐生祥秀(よしひで=京都・洛南高3年)が、日本歴代2位、ジュニア世界タイ記録の10秒01をたたき出した。追い風0・9メートルの予選で、自己記録を0秒18も更新。98年に伊東浩司氏が樹立した日本記録10秒00に0秒01差に迫った。今季世界最高の快記録で、世界選手権(8月、モスクワ)の派遣設定記録もクリア。決勝は追い風参考ながらも10秒03で優勝した。昨年11月にウサイン・ボルトをしのぐユース世界最高をマークした高校生が、日本人初の9秒台を視界に捉えた。

 日本人の夢、9秒台の世界が限りなく近づいた。桐生は号砲から15歩、前半を前傾姿勢で我慢して上体を起こした。約70メートル先のゴールが大きく見えた。「顔を上げた時にゴールがいつもより近いと思った」。苦手の前半を最高の形で滑り出し、最高速にのった。合計47歩、ゴールを駆け抜けた。追い風0・9メートルで10秒01。広島の空に叫び声を上げて、両腕を突き上げた。

 「夢のようなタイム。ビックリした。10秒1台が出て決勝にいけたらいいなと思っていた。スタートから後半までうまくいった」

 決勝では昨年ロンドン五輪代表の山県、江里口を抑えて10秒03で優勝。17歳が表彰台のトップに立った。

 15年前に生まれた日本記録まで0秒01差だ。98年12月に伊東氏が10秒00を記録した時は、2歳だった。最近になって当時の映像を見て「フォームが大きいと思った。僕も後半に伸び伸び走りたい」という。そんな伊東氏の目前でスパークした。

 短距離界待望の新星だ。昨年11月に10秒19でユース(17歳以下)世界最高を記録。17歳時のボルトより速いタイムだった。冬は、ストライドを広げる訓練とスクワットで下半身強化。洛南高はグラウンドを斜めに使っても約80メートルの走路しかとれず「練習でタイムはとらない。冬は正式な100メートルを1本も走ってない」。加えこの日は、初のシニア大会。予選でもゴール前で手を抜く余裕はない。全力で飛ばし、自分も驚く大爆発。今季世界最高のおまけつきだ。

 滋賀・彦根南中学時代に200メートルで全国2位に入って、京都・洛南高に進学。88年ソウル五輪の走り幅跳び代表だった40代教諭の指導を受けた。同教諭の「数字だけではなく、基礎の力を育む」という方針で成長した。ただ同教諭は今年2月に体罰問題が表面化、指導を離れている。桐生は「去年までの練習メニューを参考にしてやっています」。2月には日本陸連の沖縄合宿に参加。江里口らから刺激を受けた。

 能力は高いが、緊張する。そんな悪癖も打破した。今年1月にプロ野球の元阪神金本知憲氏とイベントで初対面。「レースで緊張しない方法を教えてください」と聞くと、金本氏から「慣れよ、慣れ。おれだって9回2死満塁は緊張した」と言われた。驚異的な記録を出したこの日「予選でも最後で硬くなった。慣れだと思います。そうすればもっとタイムが出ると思います」。携帯電話にある金本氏との2ショット写真は宝物だ。

 10秒01をマークし世界選手権の派遣設定をクリアした。次は5月5日、セイコーゴールデングランプリ(東京・国立競技場)に出場予定だ。「ここまできたら9秒台を目指したい。(日本で一番)先に出したい。ボルトと一緒に走って、自分とは何が違うか見てみたい」。スーパー高校生という枠を大きく超えて、17歳のトップスプリンターが、日本に誕生した。【益田一弘】<桐生祥秀(きりゅう・よしひで)アラカルト>

 ◆生まれ

 1995年(平7)12月15日、滋賀県彦根市。

 ◆サイズ

 身長175センチ、体重68キロ。

 ◆サッカー少年

 小学校1年生でサッカーを始める。最初はFWだったが、チームのGKがけがをしたことがきっかけでGK。小学校6年生で彦根市選抜チームに選ばれたが「あまりうまくありませんでした」。

 ◆陸上歴

 陸上をしていた兄将希(まさき)さんの影響で中学校から始める。

 ◆ボルトより速い

 昨年11月にユース(17歳以下)世界最高の10秒19をマークした。

 ◆丸刈り

 洛南高陸上部の伝統で部員全員丸刈り。

 ◆陸上漬け

 彦根市の実家から洛南高まで電車で約1時間30分かかる。朝練のために毎朝6時の電車に乗り、帰宅は午後9時30分。

 ◆好きな本

 「一瞬の風になれ」。佐藤多佳子原作。男子100メートルのランナーを中心に高校の陸上部を描いた小説がお気に入り。

 ◆趣味

 映画観賞。ブルース・ウィリス主演の「ダイ・ハード」が大好き。

 ◆好きなタレント

 本田翼。

 ◆家族

 父康夫さん(47)母いくよさん(47)兄将希さん(21)の4人家族。