リオデジャネイロ・パラリンピックの競泳男子100メートル自由形(視覚障害)で、木村敬一が銅メダルに号泣した。レース直後の彼のコメントが耳に残った。「谷川コーチはパラリンピックでタップの経験があまりないので、自分よりも緊張されたと思うと……」と言葉をとぎらせて、おえつを漏らした。

 木村のタッピングは31歳の谷川哲朗コーチが務めた。視覚障害の選手はプールの壁を確認できないため、ターンやゴールの直前にコーチが選手の体を棒でタッチして、壁が近づいたことを伝える。少しでもタイミングがずれるとタイムロスにつながるため、練習から呼吸を合わせる必要がある。選手の入退場もタッピングを担当するコーチが誘導する。

 パラリンピックでは、障害を感じさせない選手のパフォーマンスだけに目がいきがちになる。だが、少し視線を遠くして見ると、さまざまな人たちに支えられていることが分かる。あの金メダル15個の成田真由美さんも補助員の介助でプールに入退水する。スタート台の後ろから補助員に支えられて飛び込む選手も多い。

 リオ大会を見た人から「パラリンピックの選手はすごい」「健常者と変わらない」という声を聞く。確かにそれは事実だが、その一面だけが一人歩きするのは少し怖い。どんなに強い選手も障害を抱えている。周囲の支えがあってこその「すごい」なのだ。選手たちが競技以外でどう支えられているか。そこにも視点を置いて見ると、障がい者への理解がさらに広がる。

 苦い経験がある。都内で視覚障害の選手を取材した。話を聞き終えると彼は立ち上がり、出口に向かった。その直後、テーブルの仕切りに体をぶつけた。私は競技をしている彼の印象が強く、つい介助を忘れていたのだ。あの激しい車いすバスケットボールの選手も、競技場の外に出ると20センチの段差が超えられなかった。

 人の支えは単に選手を補助するだけではなく、心のよりどころにもなる。木村のコメントからそれが伝わってきた。一般社会でも同じだ。私たちのちょっとしたお手伝いが、障がい者の心も解きほぐすのだと思う。それにしても、メダルのかかった重圧と緊張のレースを終えた直後に、コーチの心情を気遣って泣く。銅メダル以上に木村の人間力に感動した。【五輪・パラリンピック準備委員 首藤正徳】