「日本社会には、障がい者やマイノリティーに対して力みがある。そういう力みが2020年で取れる可能性があると思っています」

 そう語るのは、社会活動に積極的な為末大さん(38)。陸上の男子400メートル障害で五輪に3度出場し、世界選手権では2度の銅メダルに輝いた元アスリートだ。3年7カ月後に迫る東京五輪・パラリンピックに向けた新たな社会づくりへの一手として、為末さんの思いが16年の師走、「築地市場の移転問題」で話題となっている東京・豊洲で形になった。

 五輪・パラリンピックの選手村予定地に近い場所に、全天候型のランニングスタジアムが完成し、オープンした。外観はロールケーキの様な、アーチ形状のドーム。その中には直線60メートル、国際陸連公認仕様の本格的なトラックが敷かれている。名称は「新豊洲Brillia(ブリリア)ランニングスタジアム」。今月9日のオープニングレセプションで館長に就任した為末さんは、当日の晴れやかな青空さながらの笑顔でこう話した。

 「パラリンピック専用の施設とか、オリンピック専用の施設はたくさんあると思うんですが、パラの選手とオリンピックの選手が一緒に練習するというのは、まだそんなにない。そこへ地域の子供や、オリンピック・パラリンピックの閉会式でパフォーマンスをしたいという方、すべての人がここにきて、何か疎外感を感じない。そういう風景がつくれたらいいな、と」

 事の発端は2年前。東京ガスグループの新豊洲地区開発プロジェクトに基づき、各界で活躍する若手有識者による「TOYOSU会議」が始まった。その座長に就いたのが為末さんだった。まだ余白の多い湾岸エリア、未来を描くキャンバスがここにはあった。

 「テクノロジーとコミュニティーの力で、誰もが分け隔てなく自分を表現することを楽しんでいる風景をつくる」。イメージしたのは2020年以降の東京、日本社会の姿。オリンピック・レガシーとして、障がいのあるなしや年齢、性別に関係なく、すべての人がスポーツやアートを楽しんでいる風景だという。

この施設では為末さんが「かけっこスクール」を開催するほか、競技用義足エンジニアの遠藤謙さんが代表を務める「Xiborg(サイボーグ)」が拠点を置き、パラリンピックを目指す選手の強化をサポートする。また、今夏に行われたリオ・パラリンピック閉会式の引き継ぎ式のステージアドバイザーを務めたSLOW LABEL(スローレーベル)代表の栗栖良依さんが率いる、障がい者と健常者によるアートパフォーマンス集団「SLOW MOVEMENT(スロームーブメント)」の活動拠点としても展開する。もちろん五輪を狙うようなトップアスリートや、一般市民にも開放し、誰もが練習できる画期的な場所になる。

 障がい者スポーツへの関心の高い為末さん、その原点は選手時代を過ごした米国にある。そこでは健常者のアスリートと、パラ選手が一緒に練習を行っていた。

 「彼らのトレーニングに魅力を感じた。何に魅力を感じたのか? たぶん僕より速くなると感じた。僕自身、速くなることに単純に興味があった。100メートルで、僕らは100分の1秒単位で速くなるところを、彼ら1秒単位で速くなるかもしれないという世界を見た時に、何か(自動車レースの)F1みたいに見えておもしろいと思った」

 2012年6月にロンドン五輪出場を逃し、現役を引退した。その後、高齢化など日本が抱える社会問題に着目した。見えてきたのがスポーツ、教育、医療の関係性。自身が打ち込んだスポーツを通じて、さまざまな課題を解消できるのではないかと考えた。

 「日本の産業というのは福祉、介護、人間とロボットという関係に向かっていくのなら、こういう場所を使いながら臨床実験ができる。人間とモノとの関係性を追求していくベンチャー(冒険的な企て)です。ここにきて臨床をして、ディスカッションしていく。それもパラの選手が実験になっていく」

 そう述べた上で、話題の軸はやはり心の問題、“心のバリアフリー”に行き着いた。

 「やっぱり日本社会において、障がい者やマイノリティーに対して力みがある。そういう力みが2020年でとれる可能性があると思っています。自分が発信する時でも“これ傷つけているのかな”と感じることがある。こういうのがなくなってほしい。その一番の理由は“慣れること”だと思う。とにかく風景の中に混じってしまうと、友達ができると、人は慣れていくものです」

 2011年3月11日、日本は未曽有の大震災を経験した。復興に向かう社会において「スポーツの力」は声高に叫ばれるようになった。夢や希望を与えるスポーツには、人の気持ち、行動を変える力がある。それを誰もが実感したこの5年だった。そして迎える東京五輪・パラリンピックは、2020年以降の日本社会をつくる上での大きなきっかけとなってくるだろう。

 よりよい未来へ、さまざまな思いが詰まったランニングスタジアム。ただし、施設の使用契約はその2020年まで、だ。ここは限りある時間の中、熱きパイオニアの挑戦を見守りたい。【佐藤隆志】

 ◆佐藤隆志(さとう・たかし)徳島県出身。91年入社。整理部、山梨支局、記録セクションなどを経て、スポーツ部でサッカー、五輪競技を担当。11月からメディア戦略本部に勤務し、煩雑なデジタル編集の作業と格闘中。

施設の説明を行う為末大氏=12月9日
施設の説明を行う為末大氏=12月9日