プロ野球選手の子どもに生まれて-。周囲から羨望(せんぼう)と後継への期待感を浴びるが、人知れず苦悩を抱える。昭和と平成の移り変わりで輝いた名投手の息子の物語がある。
◇ ◇
6月10日、ボディーコンテストの「マッスルゲート四国大会」で75キロ級以下に出場した阿波野秀幸(巨人1軍投手チーフコーチ)の長男、由真さん(33)は、極限まで絞り、皮膚の薄さ、筋肉の大きさ、バランスを表現。昨年の70キロ級に続き、優勝を果たした。「せっかくなら、と1階級上げて臨んだ結果がまた優勝で、うれしかったです」と、笑顔を見せた。
阿波野秀幸の息子として、プライドをもった人生を歩む-。由真さんは、鉄道会社で運転士として勤務する傍ら、ボディービルダーとして活躍中だ。
近鉄、巨人、横浜で14年間プレーし、最多勝獲得など活躍した父の息子として、どう生きていくのか。小さいころからその運命と向き合い、葛藤を続けてきた。父の背中を追いかけ中1で野球を始め、小技が得意な内野手として父の母校・亜大に進学した。
トレーニングに目覚めたのは大学1年秋。右足の捻挫でできる練習はトレーニングくらい。それが大きなきっかけになった。「見る見る体が変わって力がついた。野球選手の二世として注目されて、でも期待に応えられない歯がゆさがあり。そんな中でトレーニングはすぐに結果が出る。生田監督からも『阿波野、体が変わってきたな』と声をかけられ、うれしかった。どんどんのめり込んでいきました」。ケガが完治し復帰後もトレーニングへの興味は深まった。
転機が訪れたのは2年冬。出場機会をつかめず、生田勉監督(当時)に人間性を買われマネジャー転向を打診された。「僕も選手としては無理だと半ば諦めていたので。それでも生きる道を与えてくださった。自分の可能性を見いだせるならと転向を決めました」。
現役引退でもう父とは比べられない、という解放感の半面、「阿波野の息子はマネジャー」という後ろめたさも感じた。「父は、『そうか、その道で頑張るんだぞ』と言ってくれた。でも、きっと息子をプロ野球選手にしたかっただろうな…と。阿波野の息子として活躍できなくて申し訳ない気持ちでいっぱいでした」。素直に現実は受け入れたが、悔しさが込み上げる。寮のトイレに駆け込み、1人で涙を流した。悶々(もんもん)とした気持ちは、トレーニングにぶつけた。夜、誰もいないトレーニングルームで1時間、体を動かすのが唯一の息抜きになった。
亜大卒業式の後、生田監督から言われた言葉が胸に突き刺さった。「周りの人の支えがあって今があるんだぞ。感謝をして生きなさい」。就職も決まり、無事卒業もできた。そんな自分に突き付けられた「感謝」という言葉。「自分の未熟さを知りました。ぶっちゃけ、やってやったぞみたいな気持ちがあったんです。監督にそう言われて、社会人生活を始めるにあたり、もう1度自分を見つめ直しました」。プロ野球選手を目指した10年間。夢をあきらめたからと言って終わるのか。父の息子として、誇れる生き方をする。それが父や家族、生田監督、周りの人への感謝ではないか。「鉄道会社に入社したら、頂点が電車の運転士なのかな、と。そこを目指せば、自分でもプライドが持てると思いました」。入社後、駅員を務めながら勉強を重ね、仕事が終わると毎日、ジムに通った。SNSで情報収集し「野球と同じで継続が大きな力になる」と、仕事とトレーニングに没頭。現在は運転士を務めながら、ボディビルダーとしても「頂点」を目指す。
19年、初めてフィジーク(ボディーコンテストの一種)に出場。「上のレベル、ボディービルダーを目指したいと思った」とフリーとして活動。「自分の体は自分にしか分からない。いろいろ試してムダもあるんですが、それでつかんだことは財産になります」。亜大卒業時は60キロの体も、現在は81キロ。大会前には「皮膚と筋肉の極限まで絞ります」と、出場階級に合わせ70キロ、75キロまで減量する。父は、過度な減量と日焼けに、「大丈夫か?」と心配しながらも、「スゴいなー」と笑顔で褒めてくれた。
父とは違う道も、自分で選んだ道で頂点を目指す。由真さんはボディービルダーとして「阿波野選手」と呼ばれることに、ちょっとした快感があるという。「野球で挫折を味わって。トレーニングに現実逃避をしてボディービルという最終地点に行き着いた。ボディービルも競技。同じアスリートとして過ごせているところが、この上ない快感なんです」。プロ野球選手になりたかったあの頃に近い気持ちで、「阿波野選手」と呼ばれる毎日が新鮮で充実している。「父は36歳で引退した。僕はボディービルダーとしてその年齢を超えたい。40歳を過ぎても、僕はアスリートだと胸を張って過ごしたい。それが僕の原動力です」。
今は“阿波野の息子”と言われることに胸を張れる。「珍しい名前ですし、僕も父と顔がソックリなので、よく声をかけられる。うれしいんですよ(笑い)」。小さいころは、父と一緒に出かけると、「阿波野さんですか?」と握手やサインを求められる父が誇らしく、息子であることがうれしかった。それがいつしか、プレッシャーになり、背を向けるようになっていた。「小さいころのうれしい気持ちが復活したような。だから今はすごく楽しい」。最近、父の知り合いに「お父さんが、由真君の活躍をうれしそうに話していたよ」と聞き、うれしくなった。長くかかったが、やっと「自慢の息子」になれた気がした。
元プロ野球選手の息子-。その運命と向き合い、挫折を経験しながらも、それを原動力に変え、力強く自分の人生を突き進む。今、阿波野由真は、輝いている。【保坂淑子】