いい時も、悪い時も、これもまた人生。浮き沈み、アップダウン…と紆余(うよ)曲折が続く流れは、米国では時折、「ジェットコースター」に例えられる。ドジャースのベテラン救援右腕、ライアン・ブレージャー投手(36)の野球人生は、まさに遊園地のジェットコースターのように目まぐるしく、スリリングだった。

広島時代のブレージャー(登録名ブレイシア)(17年3月撮影)
広島時代のブレージャー(登録名ブレイシア)(17年3月撮影)

2月初旬、2年総額900万ドル(約13億5000万円)、出来高を含めると最大1300万ドル(約19億5000万円)の好契約を結んだ苦労人は、キャンプイン直後、しみじみと言った。「とにかくシーズンを通して常に健康でいられること。それだけだよ」。単純なようで、最も難しく、シンプルなことを、今季の最大のテーマとして挙げた。

エンゼルス時代の13年にメジャーテビュー。14年6月にトミー・ジョン手術を受けた後、15年にはアスレチックスとマイナー契約を交わし、メジャー復帰への道筋を探った。17年には広島へ移籍。26試合に登板し、2勝1敗1セーブ、防御率3・00と復活を印象付け、翌18年、レッドソックスとマイナー契約を結び、米球界復帰を果たした。

ブレージャーの年度別成績
ブレージャーの年度別成績

同年、レッドソックスではメジャーに定着し、34試合で防御率1・60と目立たない役割ながらも世界一に貢献。19年は62試合に登板し、7セーブを挙げるなど、勝ちパターンで起用されることも多く、首脳陣から確かな信頼を得る存在となった。

だが、「ジェットコースター生活」は終わっていなかった。沢村拓一(現ロッテ)と同僚だった22年は、自己最多の68試合に登板しながら防御率5・78と苦しんだ。痛打が続いた昨年5月には、戦力外通告を受けた。それでも、約2週間後に救いの手を差し伸べたドジャースへ移籍したのを機に、別人のような投球を披露した。

それまでは随時150キロ台後半をマークする快速球主体の力勝負が主体だったが、移籍後は四球率が9・5%から7・0%、ゴロ率が33・3%から51・1%と変化。ベテランの領域に入った35歳(当時)にして、「打たせて取る」感覚を身に付け、好条件の契約をつかみとった。

ブレージャーの23年シーズンスタッツ
ブレージャーの23年シーズンスタッツ

今キャンプでは、山本のキャッチボール相手を務めた際、ベテランならではの笑顔でコミュニケーションを取るなど、若手へのケアも忘れない。「どんな形でもいいから、チームに貢献できればいいと思っているよ」。日本での経験も含め、酸いも甘いも知る苦労人は、大谷、山本にとっても最大の理解者の1人になるに違いない。【四竈衛】


◆ライアン・ブレージャー 1987年8月26日生まれ、テキサス州ウイチタフォールズ出身。07年、同州ウェザーフォード大学からドラフト6巡目でエンゼルス入り。13年5月2日にメジャーデビュー。183センチ、101キロ。右投げ右打ち。今季年俸は最低保証で450万ドル(約6億7500万円)。