PL学園は簡単に勝たせてくれない。4-1で迎えた8回裏。失策も絡んで2点を奪われた。再び1点差に迫られた。

9回表に追加点のチャンスはあった。2死二塁で吉田に打席が回った。前打席で桑田真澄から2ランを放っており、観客から大歓声を受けた。

吉田 あの打席は覚えているね。すごい歓声をもらって、甲子園全体が「もう1発いったれ」という感じだった。うれしかったね。

チームメートの小菅勲は、この打席での吉田のしぐさが忘れられないという。

小菅 打席をならすとき、土をマウンドの桑田に向けて蹴った。「ほら、こい!」という感じで。甲子園の決勝でこんなことやるヤツいるんだと思ったね。

大飛球を放つが、フェンス間際でセンターに捕球された。無得点。1点リードのまま9回裏に入った。日本一は目前にあった。

ところがPL学園の先頭打者、清水哲に同点アーチを浴びた。

吉田 本気で優勝インタビューを考えていたら…「ええっ」とね。焦ったというより笑った。マンガみたいな展開やねと思ったよ。

吉田はともかく、エース石田文樹は焦ったのだろう。次打者に死球を与えた。ムードは一気にPL学園のサヨナラ勝ちに傾いた。

ここで監督の木内幸男が動いた。石田を右翼に回し、左腕の柏葉勝己をマウンドに送った。左翼の下田和彦が振り返る。

下田 えぇっ、エースあきらめるの? と思った。悪いけど、柏葉じゃ難しいと思った。

3番鈴木英之は2安打していたが、左対左になったこともあるのだろう。PL学園の監督、中村順司は犠打を命じた。これが捕手前に転がり、二塁で封殺した。1死一塁。打席に清原和博を迎えた。

再び木内が立ち上がり、右翼の石田にマウンドに戻るよう促した。ワンポイントだった。これが勝負手になった。

木内 石田は一番努力する子だったけど、気が弱いところがあった。どうしていいか分かんなくなっていた。1つ冷静にしてやっかなと思って。PLはバントしてくるだろうと読んでたしね。後で中村さんは「打たせればよかった」と言ってた。石田は戻ってきたらニコニコしてたよね。その顔を見て「もう点は取られねえ」と確信しました。

映像を見ると、確かにマウンドに戻った石田は笑顔で投球練習をしている。一体どんな思いでマウンドに戻ったのか? 彼は08年に直腸がんで逝去しており、その思いを聞くことはできない。

代わりにチームメートに聞いた。三塁を守った小菅が言う。

小菅 投球練習の時、目が合ったんですよ。目で「よく戻ってきたな」と語りかけたら、ニヤッとしてね。「おう、戻ってきたよ」という感じかな。あいつ口べただから、もしコメント聞いても「また投げられてうれしかった」だと思うよ。

下田 ニヤッというか半ニヤッだね。はにかんだ感じだよ。

小菅 そうそう、石田はハニカミ王子だから。高校球児がスマイルの時代じゃないしね。

石田はよみがえった。清原を空振り三振、桑田を三ゴロに抑えた。勝負は延長戦に入った。

吉田 あのワンポイントはすごいよね。プロでもない時代だから。

ベンチで選手を迎えた木内は「せっかく甲子園で決勝やってんだから、1イニングでも長くやっぺよ」と励ました。だが、戦いは長く続かなかった。暴れん坊軍団が、集大成の時を迎えた。(敬称略=つづく)【飯島智則】

(2017年12月9日付本紙掲載 年齢、肩書きなどは掲載時)