フレームの中の顔が揺れる。そこにゴールが見える。あとは、仲間と一緒に駆け抜けるだけだ。
混乱の年に、いつもと変わらず走る日大三の年末強化合宿を取材した。小倉全由監督の許可を得て、十分に感染予防しながら、最終日のグランドに入った。最後を飾る80メートルダッシュで、手ぶれを極力抑える機材・ジンバルを使い、燃え上がる瞬間を撮る計画だった。
誤算があった。疲れを知らない部員はたくましい。4キロの機材(一眼レフ+ジンバル)を手に並走ができない。先回りして、追い抜いて行く部員の表情を追う、それしかなかった。それではこの臨場感は伝えきれない。やるせなかった。
「栄光の架橋」がグランドに流れる。日大三では、もっともつらく、そしてもっとも部員が輝く最終日の最後の数分だけ、ゆずの名曲が流れる。部員はそれを合図に、栄光のゴールへ全力を出し切る。
この場にいながら、思い描いた映像に届かない。焦りとあきらめの中、少しでも走れるカメラマンが力なく準備に入る。見かねたのか3年生が声をかけてくれた。「やってみたいです」。引退していた3年生が手伝いに来ていた。一緒に走りながら後輩を励ます。国森睦(くにもり・あつし)は、その一人だった。
ズシリと重量感が手にくる機材を大事そうに持つと、バネのあるストライドで駆けだした。レンズを後輩の顔に向け疾走。その脚力はむしろ現役部員よりも軽やかだ。先行しながら走りきると確認を求めるように持ってきてくれた。国森が速すぎて、部員がフレームアウトしていた。
最後の瞬間が迫る。4人一組が手をつないでゴールを抜ければ合宿完結だ。撮影のラストチャンス。国森は冷静に主将山岡の組を選び、静かに並走を始めた。背筋を伸ばし、後輩の顔をフレームアウトしないことだけに集中する。後輩への優しさと、自分たちも走り抜いた冬合宿への惜別を告げる特別な80メートルを駆けた。
どんなに素晴らしい機材でも、この日、この瞬間、国森が映し出した風景は誰も撮ることはできないだろう。自分も乗り越えた苦しさを知り、振り回された3年生の悔しさを胸に、後輩へ幸多かれとエールを送る、世界最高のカメラワークだ。
全国の高校野球ファン、いや、混乱で我慢ばかりだった児童、生徒、学生、そしてお母さん、お父さんに見てほしい。今を生きるたくましい部員の顔を、“最高”のカメラマンが捉えたこの映像を。【井上真】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「野球手帳」)