<全国高校野球選手権:興南13-1東海大相模>◇21日◇決勝

 一二三の夏が終わった。40年ぶり2度目の優勝を目指した東海大相模(神奈川)一二三慎太投手(3年)が、6回16安打13失点(自責11)と打ち込まれて降板した。炎天下の3日連続先発で、3回まで無失点と好投したが4回に5連打などで一気に7失点。決勝での1イニング7点は、1950年に松山東(愛媛、現松山商)が鳴門(徳島)との決勝で7回に挙げて以来、60年ぶり3度目だった。

 急造のサイドスローで日本一に挑んだ、一二三が壮絶に散った。「完全に相手の方が上でした。興南打線は、今まで対戦した中で一番迫力があった」と少しだけ目を赤らめた。初めての3連投。疲労と戦いながら3回までを被安打1で抑えたが、4回に力尽きた。右腕が下がり、球威も落ちた。もう少しで本塁打という大飛球を右へ左へ飛ばされ、7安打7失点。6回にも3ランなどで5点を失い、16安打3四死球13失点(自責11)で降板した。

 決着の瞬間は、頭が真っ白になった。大きな体にかけられたのは、小さな銀メダル。がむしゃらになって追い求めたのは金色でも、重みを感じた。対戦を楽しみにしていた興南・島袋から、初打席では左前打を放った。「すごい投手だった。完全に相手の力が上だった。負けた相手が島袋なのは、大きな財産になる」と潔かった。やりきった思いで、甲子園の土は拾わなかった。

 フォームを変えてまで、チームの勝利に徹してきた。5月までは本格派の上手投げ投手。優勝候補に挙げられたセンバツで初戦敗退してから、不調に陥った。最後の夏に間に合わせるため、急きょ横手投げに転向。将来の夢であるプロ入りへの遠回りも考えられたが「自分のことはどうでもいい。エースだから、どこから投げても自分が甲子園に連れて行く」と顧みなかった。試行錯誤し、ようやくたどり着いた全国の決勝。KOされても「ここまで連れてきてくれてありがとう」という門馬敬治監督(40)のひと言が心に染みた。涙の乾いた目が、春のリベンジを告げて輝いた。

 進路については「まだ監督さんと話していないので、これからです」とプロ希望は明言しなかった。「この夏は長かった。苦しいのも、楽しいのもひっくるめて。甲子園は、最高の舞台でした」。高校野球で大きく成長した一二三が、また新たなステージへと羽ばたく。【鎌田良美】