田んぼのような甲子園のグラウンドにDeNA筒香嘉智外野手(26)は尻もちをついた。10月15日、クライマックスシリーズ(CS)ファーストステージ第2戦、5回だった。あの瞬間に見せた闘争心は、球団の育成が結実した証しだ。年末に担当記者が振り返る連載の第1回「今年のDeNA」は、泥だらけの筒香に迫る。

 罵声の飛ぶベンチ前で、筒香は黙って泥をぬぐった。阪神石崎の2球目。頭部付近に入った球にのけぞり転倒。白いパンツは泥まみれ。最後まで体の上に持ち上げていたバットにも、結局は泥がついた。「ふざけんじゃねえぞ!」。そんな仲間の声が相手投手に向けて飛ぶ。だが、それは筒香の耳には届いていなかった。泥を落とし、淡々と打席に戻る準備を整えていた時の心境をこう語る。

 筒香 あの時も言いましたけど、僕たちがやっていることは遊びじゃない。本当に戦闘なんで。向こうも本気で当たってきた。こっちも当たっていった結果。お遊びではない。スイッチは試合前に入っている。また違う感情が、試合の中で出てくる。それをチームのために打てるように、自分で精神的に作業をしただけです。

 2ボールで打席に戻る前、静かにバットを見つめた。わずかに間を取り、一呼吸入れた。そうして取り戻した落ち着きが、集中力になる。しかし3球目も内角攻め。鋭さを増した目つきでにらみつけた。試合ではなく「これは戦闘」。3ボールからは多少ボール気味でも5球連続フルスイング。やるか、やられるかの勝負だった。降りしきる雨に、甲子園の黒土の上には、いたるところに水たまりができていた。そんな泥をモノともしない打球が、一、二塁間を抜けていった。チャンスをつくり、この回に勝ち越し。CSファーストステージの勝敗を1勝1敗に持ち込んだ。

 ベンチで見守ったラミレス監督はあの打席を「ガッツ」と表現した。「僕的にはあれはガッツ、根性だと思う。自分も4番だった。ああいう球がきたら『絶対打ってやろう』となるもの。いいガッツ、根性を出してくれた。4番がやるべきことであり、あれぞ4番筒香だと思う」。前代未聞の“泥試合”の中、4番のガッツは、チームの闘争心を究極に高め、勝利をもたらした。

 翌16日の日刊スポーツは、DeNAの勝利を報じるとともに、泥の上で尻もちをついた筒香の写真を大きく掲載した。その紙面を使い、ソフトバンク達川ヘッドコーチはチームを鼓舞したという。ヤフオクドームでの練習の前に、ユニホームのポケットに丸めてあった新聞を広げた。筒香の姿勢、言葉を見せながらナインたちに、野球選手たるもの、こうあらねばならない、と説いた。同コーチは「気分を高めるために新聞を使ったんよ」と言った。日本シリーズで戦った相手の闘志に火をともしたのも、泥だらけの筒香だったといえる。

 DeNA球団になってから6年目。2年連続CS出場の根底には、筒香を筆頭に育成の結実がある。12年に球団誕生と同時に就任した高田GMを中心としたフロント主導のもと、筒香の三塁手から外野手コンバートを決めた。高田GMは「打撃を生かしたかった。守備がダメだからというわけではない。外国人を獲得するからとか、いろんな要素があったが、より負担が少ない方がいいんじゃないかということ」と当時の狙いを明かす。現体制では、監督・コーチの一存だけでコンバートは決められない。監督交代するたびに方針変更が起こることを避けるためだ。球団の貫いてきた骨太の方針は、筒香を大黒柱に鍛え上げ、チームの雰囲気どころか、球界を震わすほどの闘争心を持つように育てた。

 来季、悲願となる20年ぶりリーグ制覇は現実的な目標であって、もはや夢ではない。「向こうも本気。こっちも本気。戦いなので遊びじゃない」。あの日、泥にまみれながら筒香が身をもって示した「戦闘」は18年シーズンも続く。【栗田成芳】