ヤクルトとの優勝争いに敗れた矢野阪神は、クライマックスシリーズ(CS)のファーストステージでも巨人に2連敗し、尻すぼみの終戦になった。6月19日に2位ヤクルトに最大7ゲーム差をつけた独走態勢からなぜ失速し、大逆転を許したのか。検証連載「矢野阪神 明と暗」の最終回は投手陣にスポットを当てる。

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首位ヤクルト猛追を懸けた勝負手は最悪の結末となった。10月7日DeNA戦。5連勝中の阪神は1点リードの8回を「8回の男」岩崎ではなく高卒2年目の左腕及川に託した。1死二塁となって矢野監督自らがマウンドへ向かい「思い切っていけ。ここで投げさせていいって思って、オレはお前を使っているから」と熱い思いを伝えた。就任3年目で2度目という珍しい「直ゲキ」だったが、及川はソトに6球目をバックスクリーンへ運ばれた。逆転2ランでチームは敗れた。

勝っていれば首位に1ゲーム差と迫って翌8日から神宮での直接対決3連戦へ乗り込めた。首脳陣は直近6試合のうち5試合に投げていた岩崎の疲労を考慮し、3連投を避けて温存。直近7試合無失点で評価を高めていた及川を選んだ。結果的にシーズンの流れを左右する被弾となったが、このとき唇をかんだ及川は「1球の大切さ」を優勝争いの中で肌で感じ取った。

及川は横浜高時代、ヤクルト奥川、ロッテ佐々木朗、チームメートの西純と並び「高校四天王」と呼ばれた。ほかの3人は1位、及川は3位指名。将来の柱になるため2軍で先発の英才教育を受けていた。当初1軍では「7回の男」を投手主将の左腕岩貞を想定したが、調子が上がらず岩崎、スアレスへつなぐ人材が定まらなかった。左のリリーフが手薄な事情から及川が5月19日に昇格しブルペンに加わった。矢野監督は「本当は先発させたいが、中継ぎもいい経験になる」と説明。及川は150キロ超の直球とスライダーを軸に短いイニングを力で抑えていく。五輪中断期間にいったん先発調整もしたが、最終的に全て救援で39試合に登板し2勝3敗10ホールド、防御率3・69だった。開幕当初は計算していなかった及川の経験と成長は来季以降へ明るい材料となった。

エース西勇は首の寝違え、右肘違和感などに泣かされ6勝止まり。阪神で3年連続2桁勝利はならなかった。開幕投手の藤浪は3勝で途中から中継ぎに回り、終盤は2軍だった。その穴を埋めるように若い力が台頭した。及川と同期の西純は5月19日ヤクルト戦で5回無安打無失点でプロ初勝利。同じく同期で大卒2年目の小川は8月下旬から定着し、中継ぎで19試合で1勝0敗2ホールド。ドラフト2位の伊藤将は先発の柱として10勝を挙げた。

今季のスローガンは「挑・超・頂」。失敗しながら前向きに挑戦し、昨日の自分を超える取り組みもあった。ただ、頂点には届かなかった。野手、そして投手でも多く芽吹いた若い力は来季以降へのエネルギーになる。各所で出たつまずきを奇貨にして、阪神はこの秋じっくりと牙を研いでいる。【阪神特別取材班】(おわり)