春場所で稀勢の里が横綱に昇進して4横綱となり、豪華番付となった大相撲。しかし、4横綱が皆勤した場所はいまだなく、秋場所では昭和以降初となる3横綱が初日から休場する緊急事態となってしまった。
名古屋場所前から違和感があった左膝痛が原因で休場した横綱白鵬(32=宮城野)は、師匠の宮城野親方(元前頭竹葉山)によれば「『もう少し時間があれば』と話していた。出たい気持ちはあった」と苦渋の決断だったようだ。
8月25日。神奈川・小田原市で巡業が行われた。この日まで1度も土俵の上で稽古を行っていなかった白鵬は、稽古場にすら姿を現さなかった。支度部屋で治療もしくは、休養しているのだろうか、と思いながら朝稽古の取材を終えて、力士の取材のために支度部屋に移動している時だった。歩きながらふと、扉の開いている関係者入り口を見ると、けいこまわしを着けた白鵬が、1人黙々と体を動かしていた。太陽の光を浴びながら深呼吸をして、腰を落とし、ゴムチューブを使って上半身のトレーニング。どれぐらいの時間動いていたのだろうか。額には大粒の汗を流していた。
8月28日に番付発表が行われた。3場所連続優勝と大台となる40回目の優勝を狙う白鵬も、ここからエンジンをかけるはずだったが、休場を決断する9月8日まで出稽古はおろか、関取衆と相撲を取ることすらなかった。しかし、やれることはやっていた。稽古後に、若い衆を相手にモンゴル相撲を行い、少しでも相撲の感覚が鈍らないようにしていた。宮城野親方は「若い衆がいなくなった後も、毎日1時間は四股を踏んでいた」とその努力を見ていた。何としてでも出場したいという気持ちは、所々に現れていた。
2年連続で秋場所を休場することになった。昨年はこの時期に、今の活躍につながる断食を行った。休むことは相撲勘が鈍ることにつながるかもしれないが、この時にしか出来ないこともある。休むもよし、鍛えるもよし、新たな治療をするもよし。納めの九州場所に向けて、白鵬はどんな時間の使い方をするのだろうか。【佐々木隆史】

