日本の「怪物」が世界の「Monster」になった。

 王者井上尚弥(24=大橋)が挑戦者アントニオ・ニエベス(米国)を6回終了TKOで破り、6度目の防衛戦に成功した。初回から強烈な左ボディーでリズムを作ると終始攻勢。5回にはその左ボディーでひざをつかせた。6回はニエベスが防戦一方となり、攻撃意欲も失われる展開。井上がグローブをこまねいて、ファイトを促す一幕もあった。そのラウンド終了後にニエベスが棄権の意思を示した。

 「これが人生の分かれ道だと思っている」

 そう誓って臨んだ覚悟の大一番で、本場の観客に強烈な強さで衝撃を残すデビューを飾った。

 破格の米国上陸だった。米国最大手HBO局が生中継する興行で、いきなりのセミファイナルへの抜てき。ファイトマネーは18万2500ドル(約1970万円)にもなった。米国での実績がない選手としては、何もかもが異例。その背景には米国での軽量級選手への価値の変化、新たなスター選手を作り出したいプロモーター側の意図が見て取れる。

 元来、重量級が中心だった米国リングに「異変」が起きだしたのは近年。フィリピン出身で07年のフライ級王座奪取からアジア人として5階級を制覇したノニト・ドネアは「戦う中で、見られ方が変わっていった」と証言する。

 軽い階級の選手も脚光を浴びるようになり、メインカードに起用され、ファイトマネーも上がっていった。ドネアはその理由を「テレビなら、大きい選手も小さい選手も変わらない。一発当たれば倒れる大味な試合より、速さ、手数が多い軽量級の方が、視聴者も楽しい」と分析する。今回、井上が参戦した興行のタイトルは「SUPERFLY」。文字通り、スーパーフライ級の世界の一線級が集結したイベントで、17階級で下から4番目に軽い階級をメインにして本場で試合が企画されること自体が、軽量級戦線の機が熟していることの証しと言える。

 この動きをこれまでけん引してきたのは、この日の興行のメインで登場した4階級制覇王者にして前WBC世界スーパーフライ級王者ローマン・ゴンサレス(ニカラグア)だった。日本の帝拳プロモーション所属の小柄な「ロマゴン」は、米老舗専門誌「リングマガジン」選定の「パウンド・フォー・パウンド」(全階級通じての最強選手)1位に長く君臨してきた。軽量級の選手が重量級をさしおいて1位。その存在感の大きさも、米国での軽量級への視線の変化に寄与していた。

 そしていま、米国が待っているのは「後継者」だ。ゴンサレスは30歳。若く、実力があるボクサーが登場すれば、より一層の熱い戦いが展開されることは確実。そこで白羽の矢が立ったのが井上だった。かつて日本人選手がこれほど求められて米国へと渡ることはなかった。日本で地道に結果を残しても、極東の情報が本場まで届くことはまれだった。実績をひっさげて、自ら願い、日本でのファイトマネーより下回ってもアメリカンドリームを追うために海を渡る。それが当たり前だった。

 井上はまったく違う。「人生の分かれ道」と本人が話すこの試合は、今後の米国リングの「分かれ道」になる可能性も含んでいる。日本がかつて体験したことがない本当の意味での世界的なボクサーの誕生。この日カリフォルニアで起こした衝撃が、その起源となる。【阿部健吾】