ボクシングWBC、WBO世界スーパーバンタム級王者井上尚弥(30=大橋)-WBAスーパー、IBF世界同級王者マーロン・タパレス(31=フィリピン)戦(東京・有明アリーナ)が26日に迫った。史上2人目となる井上の2階級での4団体王座統一が懸かるビッグマッチに向け、日刊スポーツでは「プロから見た井上尚弥」と題し、3回にわたって連載する。第1回は、芸能界きってのボクシング通で、井上とも交流がある俳優・六角精児(61)が「演技のプロ」からの視点で井上を分析する。【取材・構成=藤中栄二、首藤正徳】
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50年近くのボクシング観戦歴を持つ六角は、元WBA世界フライ級王者大場政夫さんの試合からボクシングを愛している。半世紀も見守ってきた競技で、井上は飛び抜けた存在だという。
六角 (70年10月の)大場のチャルバンチャイ(タイ)戦など、当時から見られる試合はほぼ見ています。ボクシングは接戦や挑戦者とのせめぎ合いなどがあるが、井上選手は全然ない。今も他の世界戦でこれほど一方的になることはない。世界的にみれば(史上初の2階級での4団体統一王者)テレンス・クロフォード(米国)、(世界3階級制覇王者)ジャーボンテイ・デービス(米国)が同じ存在になるかと思いますが、2人とも井上選手ほど一方的な展開にならない。僕にとって日本歴代最強ボクサーは井上選手ですね。
井上のプロデビューから全試合を見ている。もっとも衝撃的だったのはリングサイドで観戦した14年12月、オマール・ナルバエス(アルゼンチン)戦だった。
六角 井上選手はライトフライ級から2階級上げて不安だろうと思っていましたが、ボディー打ちのパーンと良い音がした後、ナルバエスが下がって全観客が「おお~!!」とどよめいた。あの瞬間が忘れられない。ナルバエスはうまいなと思っていた。(11年10月にノニト・)ドネアに負けましたが、フライ級、スーパーフライ級で各10回以上防衛していた。ダウンもなかったので、あんなふうに負けると思わなかった。もっとも驚いた試合です。まさか井上選手がスーパーバンタム級までいくなんて当時は想像していなかった。この10年で、まだ未知という選手は今まで見たことがないです。
「演技のプロ」らしく井上の試合を独自の狙いで楽しんだこともある。
六角 昨年6月のドネア戦はテレビで見ていましたが、割と足の音がするリングでした。目を閉じたら「ダッ、ダッ、ダッ」という足音で攻防が想像できる。耳で聞くボクシングです。井上選手の前後の出入り、ドネアもフェイントを読む。居合切りみたいで良かった。ボクシングで足の音を感じたのも、それが初めてでした。
以前からリング外でも井上と交流がある。
六角 プロ3戦目の日本(ライトフライ級)1位佐野(友樹)選手との試合前後の頃、後楽園ホールで初めて会いました。僕が出会った頃の井上選手は20歳前後ですけど、すごく上の年齢の方のように落ち着いていた。自分のラジオ番組に来ていただいた時も動じず、もの静か。クイズ番組でご一緒した時も司会者から「誰と戦いたいですか?」と問われた時に悩まれていたので、僕が「クロフォード」と言ったのです。そうしたら笑いながら「ガチですか」と。その時、クロフォードはスーパーライト級だったと思うのですが、彼の中に(階級超越する)何かがあったのではないかと思うのです。その思考は僕に分からないところはありますが、クロフォードまで考えてもおかしくない、まんざら冗談ではないと。この選手だったら無理とか、そもそもないのでは。それほど得たいの知れない精神力なのだろうと思います。
緊張感を持たせた濃密なジムワーク、試合を想定し、考えながらのミット打ち、井上の父真吾トレーナーが「尚弥は本当に良く考えている」と強調する競技への姿勢を伝え聞いた六角は1つの結論を導き出した。
六角 ナルバエスも自分を律することができる人が王者になるとおっしゃっていました。たゆまぬ練習と打ち合わせ、実戦に移す能力が本当に備わっている。フルトン戦も相手が誰よりも強いジャブだと思っていたのに、1回で井上選手が刺し勝った。どうやったら優位に立てるのか、知っているのだろうと。強くなっても謙虚で人間的に素晴らしい。肉体、技術も大事ですが、井上選手がもっともたけているのはボクシングの頭脳だと思います。肉体も技術も頭が動かすのですから。井上選手は非常に日本的な、かつてのソニーのような、日本の生んだ超一流の電化製品のよう。そう例えてもおかしくない。
なぜ日本で井上のようなボクサーが生まれたのか。独自の視点で解説する。
六角 分からないですが、言うとするならばコーチかなと。マイク・タイソンにはカス・ダマト、ムハマド・アリにはアンジェロ・ダンディーの存在があった。多くの「親子鷹」がいる中でもお父さまのコーチとしてのポテンシャルが、生まれた要因かもしれない。選手としての遺伝子、コーチとしての遺伝子がしっかりかみ合ったのではないか。
タパレスとのビッグマッチは、いよいよ26日だ。
六角 タパレスの出方次第、タパレスが積極的なら3~4回で終わるのではないか。タパレスがその気になっていたら早く終わると思います。ボクシングは何があるか分からないからドキドキしますが、今まで井上選手はそういうことが1度もなかった。何も起こさせない頭の良さ、頭脳があると思いますね。
◆六角精児(ろっかく・せいじ)1962年(昭37)6月24日、兵庫県生まれ。劇団善人会議(現劇団扉座)旗揚げに参加し、学習院大中退。テレビ朝日系ドラマ「相棒」シリーズの米沢守役で知られる。NHKBSで初の冠番組「六角精児の吞み鉄本線・日本旅」は人気シリーズとして定着。ミュージシャンとして「六角精児バンド」を結成し、ボーカルを担当。血液型O。