フジテレビ系「ヨルタモリ」(14~15年)で、タモリが演じたキャラクターの1つに「ジャズ喫茶のマスター吉原さん」というのがあった。

東北訛りでジャズ文化を語るこの不思議な人物のモデルとなったのが岩手県一関市のジャズ喫茶「ベイシー」のマスター菅原正二さんである。早大のジャズサークルで後輩だったタモリは毎年のようにこの店に通っているという。

5月の予定から公開はだいぶ先になりそうだが、「ジャズ喫茶 ベイシー」は、この菅原さんにスポットを当てたドキュメンタリーだ。店の名前はピアノ奏者でバンドリーダーのカウント・ベイシー(04~84年)にちなんでおり、ベイシー本人も何度かこの店を訪れ、菅原さんとも親交があった。「ヨルタモリ」のキャラクター同様に菅原さんはおうような人で、エルヴィン・ジョーンズがふらりと訪れてドラムをたたいたり、渡辺貞夫や坂田明が演奏したり…その人柄に引かれてジャズメンが集う。菅原さんはスウィングのベイシーからフリーの坂田まで、大きくジャズのくくりで自然体で受け止める。

話し方、表情は「ヨルタモリ」の吉原さんそのままで、角度によってはタモリがものまねしているように見えるところもある。

29歳で亡くなった伝説のサックス奏者、阿部薫(49~78年)もここを訪れた1人で、その貴重な映像も挿入される。まるで絶叫するような演奏だ。「店を始めた頃はフリージャズの連中が多かったね。阿部のすさまじい演奏を聞いて、あいつ死ぬ気だな、と思ったら本当に死んじゃった」と菅原さんは振り返る。命がけの演奏をひょうひょうと振り返る姿こそ、ジャズの本質を射貫いているのではないか。菅原さんの話はそんな風に思わせる。

店の「音」を支えるのはJBLの骨董(こっとう)品のようなスピーカーだ。「楽器もずっと変わらないじゃない。楽器もスピーカーも早い時点でいい線まで行っちゃったんだね。出てる音は今の時代に負けていない」。菅原さんのスピーカーへのこだわりに呼応するように、渡辺貞夫はサックスの部品であるリードとリガチャーへの思いを語る。他では見られない1シーンである。

森田芳光監督の「愛と平成の色男」(89年)のロケもベイシーで行われた。この作品でデビューした鈴木京香もこの店ゆかりの1人で、彼女が訪れた夜に渡辺貞夫が「スマイル」を演奏する場面がこの作品のクライマックスになっている。

小澤征爾や建築家の安藤忠雄氏もジャス、ベイシー、菅原さんへの思いを明かす。各界の重鎮の心をとらえる何かがこのジャズ喫茶にはある。

菅原さんは言う。「確かに便利な世の中になっているようだ。音楽も持ち歩ける時代だ。しかし、便利を優先して感動を置き忘れていないか?」。いろいろ考えさせられる1本だ。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)