多臓器不全のため72歳で亡くなった俳優、渡瀬恒彦さんの「優しさ」と「厳しさ」を、07年後期のNHK連続テレビ小説「ちりとてちん」で師弟役を演じた上方落語家、桂吉弥(46)が17日、大阪市内で語った。

 この日は、5月23日に大阪・サンケイホールブリーゼで開く恒例の「桂吉弥独演会」取材会を開催。その席上で、十三回忌を迎える師匠の故桂吉朝さん(享年50)の話題から、ドラマで師匠役だった渡瀬さんへの思いに変わり、思い出を口にした。

 「すごくクール、怖くて、冷たく見えるんですけど、長い目で見ると、優しさだったのか、と、後で分かるんです」

 番組で渡瀬さんは、ヒロイン貫地谷しほりが入門する徒然亭一門を率いる徒然亭草若を演じ、吉弥はその一番弟子、草原役だった。

 「怒られるというより背中で教える方でした。徒然亭の場面は楽しい場面が多くて、撮影が終わって、僕とか貫地谷さんが『わーっ』って、まだ名残を楽しんでいると、渡瀬さんは『はよ(次の準備)せえ』としかってくれた」

 吉弥は貫地谷ともども背筋を伸ばし、聞き入っていたが、後に理由を聞くと、渡瀬さんは「スタッフさんはこの後、セット替えもある、今(吉弥らが)着ている衣装のアイロンがけとかたくさん、やることはあるんだ」と話したという。

 スタッフを思い、出演者をしかる「優しさ」と「厳しさ」に、吉弥は「本当の師匠のように感じていました」と振り返った。

 というのも、師匠の吉朝さんは05年に亡くなっており、番組はその2年後の07年。収録で、渡瀬さん演じる師匠との別れの場面では「師匠(吉朝さん)とできなかったことができた」と話す。吉朝さんはがんを患い、最後は意識はなく、話すこともできなかったといい「収録で渡瀬さんが『(吉弥の役名の)草原にまかせた』とおっしゃった言葉、空気は、師匠とできないままでいたことが、できたように思ったんです」と明かした。

 また、ある日、渡瀬さんが収録後のカメラテストを確認しないことに気づいた。吉弥が渡瀬さんに問うと、渡瀬さんは、東映時代の若き日を「いきがってたのか、今のは気に食わんと言って、10回以上撮り直してた」と振り返り、話し始めた。渡瀬さんは「その後、監督に呼ばれて、試写室で自分がNGを告げた場面だけを流された。自分が何でNG出したのか、分からん場面ばかりで、恥ずかしく、それから監督が『OK』と言えば信じることにした」と続け、教えてくれたそうだ。

 以来、吉弥も、高座では「その時、その場所のお客さんをいかに楽しませるか。1回きりの勝負や」と心がけるようになったといい、それはくしくも、大師匠の故桂米朝さん、師匠の吉朝さんも自分に課していたルールだった。

 渡瀬さんと共演した「ちりとてちん」でブレーク、若手ながら独演会も始めるようになった。これも「うちの師匠が生きていれば、僕の枠はなかった。師匠がお膳立てして、そこに僕は乗っただけ」と感じ、師匠の思い、渡瀬さんの言葉を胸に精進を続けてきた。

 最近では、毎年、えとにちなんだ新作を手がけ、今年の独演会ではとり年にちなみ、焼き鳥が登場する「とりたつ」を演じる。

 一方、上方最大の米朝一門の若手筆頭格として、古典へもしっかりと向き合い、今年は「とりたつ」のほか、米朝さんから学んだ「稲荷俥」、吉朝さんから教えられた「くしゃみ講釈」を披露する。