12日に老衰のため88歳で亡くなった歌舞伎俳優で人間国宝の坂田藤十郎(さかた・とうじゅうろう)さん(本名・林宏太郎=はやし・こうたろう)について15日、妻で女優、元参議院議長の扇千景(87)が都内の自宅で取材に応じた。藤十郎さんはベッドの上でも舞台のことを考え、役者人生をまっとうした。すでに密葬が営まれ、年明け以降に本葬、お別れ会などを検討している。

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扇はインターホン越しに取材に応じ「役者と結婚して、最後まで役者のまま一生を終えられたのは皆様のおかげです」と、気丈に話した。

藤十郎さんは頸椎(けいつい)の圧迫骨折で今年1月に入院。3月にパーキンソン病の疑いがあるとの診断を受け、転院しリハビリを続けていた。亡くなる前日は散髪してもらい、すっきりしていたという。扇は「眉が伸びた、お年寄りみたいだと言って。年寄りのくせにね」と、優しく笑い振り返った。

翌日、呼吸が弱くなったという知らせを受け、駆け付けたところ、すでに藤十郎さんは眠っているような状態だった。扇らが見守る中、呼吸が徐々に弱まり、静かに息を引き取った。扇は「大往生でした。どこも痛くもなく苦しくもなく、本当にありがたかった」。最後に交わした会話は、ベッドにいる状態を謝る言葉だったという。

今年夏に肺炎を起こし、誤嚥(ごえん)を避けるため、口から食べることを控えるようになってから体力が弱っていった。それでも藤十郎さんは舞台のことを考え続けていた。扇は「(病院ではなく)地方公演に出ていて、ホテルで泊まっていると思っていたんです。目を覚ますと、南座は何時に楽屋入りだ、御園座は何時だ、と。舞台のことしか頭にない方でしたから。役者人生で、あの人の生涯がそれで楽しかったんだと思います」と話した。

最後の舞台は昨年12月、京都・南座「吉例顔見世興行」の「祇園祭礼信仰記 金閣寺」となった。今年1月の大阪松竹座へは出演がかなわなかったが、扇は「初舞台から昨年の87歳まで、1度も舞台を休んだことがなく、風邪もひかないで過ごせた。ありがたいと思っています」と感謝し、長年連れ添った夫への言葉を問われ「おつかれさまでした。私と縁あって63年間いられたことは幸せだと思っています」と話した。

新型コロナウイルス感染対策もあり弔問客も断っている状況だが、松竹と相談し、今後、本葬やお別れ会を開きたいとした。

 

○…藤十郎さんと扇は、長期休暇はハワイに所有するマンションで過ごすのが常だった。今年は1度も行くことができなかったが、次男中村扇雀(59)は「お骨を少し、持ち運べるものに入れてもらいました。新型コロナが落ち着いたらハワイに連れて行こうと、おふくろに話しています」とした。役者としての存在を問われると「舞台の上で俺を見て覚えろという人だったので、舞台には厳しかった。同じ役をやる時も、必ず初役というような準備をしていました」と振り返った。

 

◆坂田藤十郎(さかた・とうじゅうろう)1931年(昭6)12月31日、京都生まれ。屋号は山城屋。2代目中村鴈治郎の長男。41年、大阪・角座で、2代目中村扇雀を襲名し初舞台。53年、東京・新橋演舞場「曽根崎心中」のお初を初演、扇雀ブームが起きる。90年11月歌舞伎座で、3代目鴈治郎を襲名。05年12月京都南座で、4代目坂田藤十郎を襲名。94年に人間国宝に認定、09年文化勲章。58年に扇千景と結婚、長男は中村鴈治郎、次男は中村扇雀。妹は女優中村玉緒。