やり投げの北口榛花(25=JAL)が、日本女子フィールド種目初の金メダルを射止めるなど、ハンガリー・ブダペストで開催された世界陸上が例年以上の盛り上がりを見せた。

が、何かが足りなかった。中継したTBSで、13大会延べ25年間メインキャスターを務め、いわばこの大会の「顔」となっていた織田裕二(55)が「卒業」していまい、定位置にいなかったのだ。

織田の興味は日本人選手に止まらず、各国の注目選手についてとうとうと語る思い入れコメントをうるさく感じたことも1度や2度ではなかったが、いざいなくなると、何と寂しいことか。熱い演技がパロディーにもなったこの人の、存在感の大きさを改めて実感している。

そんなわけで、放送中のテレビ朝日系ドラマ「シッコウ!! 犬と私と執行官」(毎火曜夜9時)の方はありがたく視聴している。

ドラマは裁判所命令による民事執行を題材にした異色のコメディー。犬が苦手な執行官小原(織田)を補佐役として助けるのがペットショップで働く女性ひかりで、このひかり役の伊藤沙莉(29)が主演だ。織田は事務員栗橋役のSexy Zone中島健人(29)とともに助演の位置付けなのだが、どう見てもその立ち位置をはみ出す存在感を放っている。

子犬にほえられて体を縮こませたり、中年男ならではの妄想を膨らませたりする三枚目ぶりが、これまでの雄姿とのギャップとなり、その振幅の大きさが否応なく目を引いてしまうのだ。過去の「織田裕二」の残像がいかに根強いかを改めて思い知らされる。

主演映画「ホワイトアウト」(若松節朗監督)が日刊スポーツ映画大賞の石原裕次郎賞となり、00年末の授賞式に作品を代表して織田が出席したことがあった。数少ない「素顔の織田」に接した機会だった。

実は当時、撮影中に痛めた腰が悪化し、織田は入院中だった。会場のある都内のホテルに到着すると控室までは車椅子での移動を余儀なくされた。

表彰するのは裕次郎夫人で元女優北原三枝のまき子さん。会場入り口まで車椅子でやってきた織田だが、舞台を降りて待ち受けるまき子さんの姿を見るや、文字通りすくっと立ち上がったのである。松葉づえをつき、まき子さんのところまでおよそ50メートル、一歩一歩確かめるように進んだ。作品への責任感やいろんな思いが織田を突き動かしたのだろう。何事もなかったように笑顔で表彰盾を受け取る姿にこちらも胸を熱くしたことを覚えている。

会場正面には多くのファンがいたので、混乱を避けるために退場はホテルの裏導線を使った。厨房(ちゅうぼう)などを抜けて、従業員用エレベーターに乗り込む時、車椅子を押していた映画会社のスタッフが不用意に壁にぶつけてしまった。コツンと衝撃はかすかだったはずだが、織田の口からは「ウッ」と押さえたような声が漏れた。腰痛の深刻さがうかがえ、会場で平然を装った努力はいかばかりであったかと、その胸中を思わざるを得なかった。翌年、主演ドラマ「ロケット・ボーイ」の収録中にも緊急入院を余儀なくされたことを伝え聞いた。

そんな持病ともいえる腰痛を逆手に取るように「シッコウ!!」で演じる執行官小原は「腰痛持ち」と言う設定である。悪い冗談のような設定を平然と演じているのも心の広さなのだろう。が、見ているこちらは劇中で「イタタ…」と始まるたびに、あの「エレベーター・コツン事件」を頭に浮かべてしまうのである。

1度目にしたら忘れられない濃い残像を残すのも、きっとスター俳優の証しなのだろう。【相原斎】