初出場ながら、新潟勢として7年ぶりの夏の甲子園勝利をつかんだ新潟産大付を率いた吉野公浩監督は、私の恩師でもあります。

吉野監督は2016年まで、柏崎リトルシニアという中学硬式野球チームの監督をされていて、私も指導を受けていました。初の全国べスト16にも進出。最高の思い出です。

吉野監督からは野球はもちろん、あいさつから整理整頓、時間を守ることまで、野球以外にも大切なことをたくさん教えていただきました。

私は中学卒業後、埼玉県の浦和学院に進学。レベルの高い仲間たちに囲まれ、全力を尽くしましたが、レギュラーどころかベンチ入りもかないませんでした。

小さいころの夢はプロ野球選手。少なくとも大学までは野球をしたいと考えていました。しかし、進学が決まった大学の野球部は、プロ野球選手が毎年のように輩出する名門でした。

「俺には無理だ。野球は好きだけど、ここまでだ」

周囲とのレベルの違いに打ちのめされ、モヤモヤしながら寮で過ごしていると、1本の電話がありました。吉野監督からでした。

「大学合格おめでとう。野球はやるのか?」「自分の実力じゃ無理だと思っています」「野球が好きなら、やれるとこまで頑張ってみたらいいんじゃないか」

恩師とのやりとりで、心のモヤモヤが一気に晴れていきました。下手でもいい、大好きな野球をもう4年間頑張ろう! そう気持ちが固まったのです。あの4年間で私はさらに野球が好きになり、将来も野球に携わる仕事をしたいと思い、アナウンサーを目指すことになったのです。

「柏崎から甲子園」を合言葉に進撃を続けた新潟産大付と恩師、吉野監督。新潟大会の優勝監督インタビューに続き、甲子園ではがっちり握手をかわすこともできました。本当に感慨深い夏になりました。(新潟テレビ21アナウンサー)