実写日本映画興行収入(興収)記録を22年ぶりに更新した「国宝」(李相日監督)の大晦日特別上映会が、25年大みそかに都内の歌舞伎座で行われた。松竹が運営する歌舞伎座で、競合他社の東宝配給の、しかも歌舞伎の映画が上映される機会など日本映画史、芸能史においても極めて重要な1ページになると思えば、足は自然と歌舞伎座へと向かった。

柝(き)が打たれ、定式幕が開いた中、主演の吉沢亮(31)が花道から登場した段階で、やはり特別な場であり、時間なのだと感じた。和装で、両手を振りながら歩く吉沢の姿は、劇中で演じた主人公の立花喜久雄、その人に見えたからだ。任侠(にんきょう)の一門に生まれるも、抗争で父を亡くした喜久雄を引き取った上方歌舞伎の名門の当主・花井半二郎(渡辺謙)の実の息子・大垣俊介を演じた横浜流星(29)も、また然りだった。

むしろ、俊介の母幸子を演じた七代目尾上菊五郎(83)の長女・寺島しのぶ(53)の方が、上気しているように見えた。寺島は冒頭のあいさつで「東宝の映画が、まさか師走の31日に、松竹が管轄である、ここで上映できるという、この奇跡は私が生きている間で初めて。ここで体験できたことは一生、忘れないだろうな」と歴史的なイベントであることを強調。「作品が大きくなって、世界に羽ばたいて、日本の伝統芸能がたくさんの方に見ていただけるようになった、相当の旋風を起こした作品。私も一員にならせていただいたことに感謝」と口にした。

吉沢と横浜に歌舞伎の指導をし、歌舞伎の大御所・吾妻千五郎役で出演もした中村鴈治郎(66)の顔色も、興奮からか赤みがかって見えた。「私も今、歌舞伎座の舞台に立っておりますけども、本来でしたら一番、ここになじんでいておかしくない人間が、一番、浮いているような気が致しまして、大変、むずがゆいような気持ちをしておりますけれども、ここに立っていることが、うれしゅうございます」とあいさつした。

鴈治郎は、25年12月17日に大阪松竹座で開催された「壽 初春歌舞伎特別公演」記念トークイベント「映画『国宝』と『京鹿子娘道成寺』」で李相日監督(51)と登壇した。ただ、同4月23日に都内の帝国ホテルで開かれた完成報告会をはじめ「国宝」の作品自体の宣伝プロモーションに参加するのは初めてだった。「(これまで、イベントに)出られませんで、やっと一員になった思い。今、うれしさを感じています。花道を出た時、舞台まで全く違う気持ち。はにかむような、うれしいような、どうしていいか分からない、小躍りしたくなる、初めての気持ちで花道を歩かせていただいた。本当にうれしい限り」と、喜びが中心となっての複雑な感情を繰り返し、説明した。

寺島は「国宝」成功の秘訣(ひけつ)を聞かれると「撮影は、李監督ですから過酷なんですよね。私は、そんなに出ていないですけど、亮君とか竜星君とか踊りのある方は、本当に何年も前からずっと稽古されていて」と、まず李監督の妥協なき撮影について触れた。その上で「2人が踊っている時、李さんが来て『歌舞伎役者に見えますかね?』と言う。それは、見えるわけないよ! と思ったんですけど」と、李監督から撮影中にかけられた言葉を明かし、会場を笑わせた。そして「監督が目指す歌舞伎役者のところは譲れないという、李さんの執念が、すごくて、あぜんとした」と、李監督の執念こそ「国宝」の全ての根源であると強調した。

さらに「鴈治郎兄さんも、そういうプレッシャーの中、やられていたと思う。その執念が実ったわけですから、また出させていただきたい」と、映画の根幹に直結する歌舞伎指導を行った、鴈治郎のことをおもんぱかった。それを受けて、鴈治郎も「しのぶさんも言っていました、監督の執念。それに対して私は、すごく苦しかったというのは、間違いなくありました。でも、演じている人間が、誰1人、投げ出さない。やる側からしたら、投げ出すわけにはいかない。とにかく、せめぎ合い」と振り返った。

大晦日特別上映会から2日後の1月2日にNHK Eテレで、25年6月6日の「国宝」封切り後の同20、27日に放送された「スイッチインタビュー『吉沢亮×四代目 中村鴈治郎』」が再放送された。再見し、撮影中に会話する時間もなかったという2人が、互いの素の部分にも踏み込みながら、リラックスして語り合う対談を見て、改めて吉沢にとっても鴈治郎にとっても、歌舞伎座での上映が特別なものだったのだと感じた。

歌舞伎座において、映画の上映は、これまでも行われてきた。記者は13年12月26日に開かれた山田洋次監督(94)の「小さいおうち」プレミア試写会も取材している。同4月2日に新装開場された歌舞伎座で初めての映画の上映で、新装前を含めると06年の市川團十郎(48)の映画デビュー作「出口のない海」以来7年ぶりの上映だった。日本映画史においては新たな1ページとも言うべき行事だったが、松竹出身の山田監督が手がけた松竹映画の上映だけに、アットホームで穏やかな雰囲気だった記憶がある。

取材した記者として、この特別な1日のことを、何年か後になっても機会があれば原稿なりで触れ、また語り継いでいきたいと考えている。中でも、日刊スポーツ映画大賞主演男優賞を受賞した際のインタビューで「国宝」を「役者人生の句読点」であり、「代表作と言われるのと、別な作品が生まれることを目指す」出発点と位置付けた吉沢とは、別な代表作が生まれた、その時に、改めて向き合って語り合ってみたい。【村上幸将】