東日本大震災発生から今年で14年を迎える。震災によって日常を脅かされた「被災馬」が、困難を乗り越え、今も各地で強くたくましく生きている。長野・上田市にある上田乗馬倶楽部では、現在1頭の被災馬が在籍している。

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年齢も名前も分からない。手掛かりがない。福島・南相馬市で被災した1頭のサラブレッドは、自身の詳細が記入された健康手帳を津波に流された。

2011年3月11日、東日本大震災が発生。その直後、上田乗馬倶楽部は日本馬術連盟を通じて被災馬の受け入れに手を挙げた。当時を知る同倶楽部の増田みどりさんが振り返る。

「3月30日に現地に行き、4頭を受け入れました。ただ、どの馬も状況はひどいものでした」

発見された当時、馬は地震、津波で積まれたがれきの下に埋もれていた。馬運車で移動する際も車内で立てず、壁に寄りかかっていた。津波で汚泥をかぶり、皮膚病もひどかった。

「息は弱って、瀕死(ひんし)の状態でした。こちらに来てからも水を怖がったり、ご飯もあまり食べられませんでした。ただ、会員さんのおかげで元気になれたんです」

乗馬会員の1人が1頭の被災馬と向き合った。毎日世話をし、肌を触れ、息を重ねた。次第と馬が心を開き、活気を取り戻した。

「会員さんは自分で世話をして、その馬に乗っていました。あの方がいなければ、今はないと思います」

4頭のうち3頭はここを離れた。残る1頭も高齢で、おかゆや細かく刻んだ果物などを食べている。

「人間で言えばかなり年配だと思います。あと何年頑張れるか分かりませんが、少しでもいい馬生だったと思ってもらいたいです」

一筋の希望となり、それをつなぎ続ける。

想像を絶する逆境をはねのけた1頭の馬は上田へ移動後、地元の人々から「ホープライン」と新たに名付けられた。【桑原幹久】

(ニッカンスポーツ・コム/競馬コラム「ケイバ・ラプソディー~楽しい競馬~」)