ブライトンMF三笘薫が1月29日のFA杯4回戦でリバプールを相手に披露した、曲芸的なスーパーゴールが大きな話題となっている。
■技術、判断力に得点センス
右足のファーストタッチ、シュートモーションで相手選手を右へ振ると同時にツータッチ目は右足でボールを左に浮かせ、スリータッチ目で右足アウトサイドを使ってシュートした。見事というしかない圧巻のゴールだった。技術もさることながら、一瞬で狭い局面で複数の選手を翻弄(ほんろう)する判断力、そして得点センス。「個」が際立った場面だった。
ワールドカップ(W杯)カタール大会を経て、一回りも二回りもスケールアップした印象を受ける。ただ三笘だけでなく、日本代表選手たちはみな、世界を経験して大きくなったように思う。
その同じ日、もう1つ注目すべきプレーを見た。レアル・ソシエダードMF久保建英だった。敵地サンティアゴ・ベルナベウで最強レアル・マドリードを相手に「個」を解き放った。
■スルーパスで決定機を演出
後半6分、Rマドリードのカウンター攻撃を受けた。自陣ゴール前でこぼれたボール。先にRマドリードのナチョが拾ったが、自陣のペナルティーエリア近くまで戻った久保は、後方から体を強く当てながら足でボールを引っかけた。ナチョは体勢を崩して倒れた。
マイボールとすると、すかさずターンしてドリブルを開始。間髪入れずに体を当ててきたクロースを物ともせずいなし、左へと方向転換。今度は右脇からセバージョスが体を寄せる。同時に後方からはバルベルデがスライディングタックルを見舞ってきた。いったんボールをこぼしながらも巧みなボディーバランスでヒラリと体勢を立て直すと、再びドリブルを加速させて前方へと持ち出した。
敵陣に入ると逆にスピードを落とし、囲みにかかる3選手とのタイミングを計った。その時間を使って、左サイドからFWセルロートが前方へダッシュ。そこへきれいなスルーパスを送った。完全にフリーで抜け出し、GKクルトワと1対1となった。シュートはゴール右へ外れたが、久保は「どうだ」と言わんばかりにニヤリとほくそ笑んだ。
ボールカットの場面からスルーパスまで延べ6人の相手選手を手玉に取り、距離にして約60メートルも運んで決定機をつくった。まさしく「個の強さ」が際立った。
■森保監督が繰り返し力説
この光景を見て、1月14、15日に開催されたJFAフットボールカンファレンスを思い出した。2日間にわたる指導者向けの研修会。W杯を戦った森保一監督をはじめ、ザッケローニ氏など海外の著名な指導者たちも参加し、テーマに沿ってさまざまな意見を交換した。我々メディアはオンライン参加で、濃密な内容を拝見した。
その中で森保監督が日本代表が、さらに上に行くために繰り返し力説していた。「1対1の局面に勝つこと」「強い個があって強い組織につながる」ということだった。
日本人の技術力は高いと断った上で「プレーはボールの奪い合いから始まる。うまさと強さを併せ持つこと。まずは戦いの部分。ボールを奪い合うことができて、そこから技術力、駆け引きにつながってくる」。
日本が対戦したドイツ代表のダイレクターも参加していたが、そこで話した内容も「個のクオリティー」を求めたもの。欧州の強豪国も含め、組織は強い個があって成り立つという認識が共通していた。
W杯の日本の戦い方を振り返れば、「ハイ・インテンシティー」「コンパクトネス」の2つの指標をベースにしたものだった。組織的な守備で相手を敵陣から追い込み、ボールカットするや素早くゴールを狙った。参考までに日本のW杯4試合のコンパクトネス(ボール非保持のチーム全体の面積。つまりフィールドプレーヤーの外枠選手をつないだ形の面積の平均値)は次の通りだった。
ドイツ戦=998平方メートル
コスタリカ戦=1135平方メートル
スペイン戦=860平方メートル
クロアチア戦=1009平方メートル
例えば縦25メートル、横40メートルの四角形なら1000平方メートルとなる大きさだが、くしくも勝利した2試合(ドイツ、スペイン戦)は3ケタというデータが出た。
「まずは1対1のデュエルがあっての次のコンパクトネス。守備では水漏れがないか、攻撃ではパスコースをより多くつくることを意識した」(森保監督)。ボールを持たれることを前提に相手を嵌(は)める戦い方。その狙いが的中し、歴史的な2勝を挙げた。
だが、これだけでは目標とするW杯8強に届かないことも実感している。
「スペインやドイツは自陣からつなぐことで、試合をコントロールできるメリットを理解していた。彼らから得点できて良かったで終わってはいけない。痛い思いをするかもしれないが、W杯で勝つためにトライしなければいけない」
そんな確信から出てきたのが、「個の強さ」だった。
■日常のトレーニングから高強度
日本サッカーが陥りやすい「ガラパゴス化」。つまり日本サッカーの中だけで独自に発展し、世界とはかけ離れたものになってしまうことを指す。
「ボールを奪いに行けってヨーロッパでは言われる。日本では待てと言われるけど、どっちなの?」
実際に森保監督が代表活動の中で問われたものだ。
日常のトレーニングから高強度でのプレーが求められる。ミスのないように練習するのでなく、常にミスが起こりやすい環境でトレーニングする。
ある選手は実際に欧州に渡り「プレーの強度を変えないといけないと気づいた。ヨーロッパではどれだけ激しくプレーし、どれだけプレーに関わっていけるか、個に求められることが変わった」と答えたという。
「本場」と言われる欧州に身を置き、その厳しさのシャワーを浴び続ける選手たちの日進月歩を想像する。時間も空間も狭められ、その一瞬の中での敏しょう性、技術、判断力が求められるのだから。
強豪リバプールから鮮やかな決勝ゴールを奪った三笘。世界的なスター軍団Rマドリードの選手たちを手玉に取った久保。また、スタッド・ランスのFW伊東純也ら多くの日本代表が、本場で「個の強さ」に磨きをかけている。
組織の枠組みにはめるのでなく、人と人とがつながる強い個をつくる。日本代表の進むべき道は、カタールでの激戦を経て明確になっている。【佐藤隆志】