北海道からパリ五輪へ。新春連載「パリへGO!」では、五輪を目指す各競技の北海道関連選手を8回に渡って紹介する。
第1回はバレーボール男子日本代表のリベロで、江別市出身の山本智大選手(29=パナソニック)。昨秋のパリ五輪予選兼W杯で、「龍神NIPPON」のパリ五輪切符獲得を支えた守護神に、2大会連続となるパリ五輪への思いを聞いた。【取材・構成 中島洋尚】
360~380センチの高さから鋭角にたたきつけられるボールに、山本は飛び込む。ネットに当たって突然方向が変わるような、難しいボールの動きにも即座に反応。片手1本で正確にセッターに入れることもある。自コートにボールが落ちない限り負けない競技で“落とさない男”の存在は、相手にとって脅威だ。昨年10月のパリ五輪予選兼W杯で五輪出場を決めた日本代表でも攻撃の起点は、山本の守備だった。
山本 2戦目(エジプト戦)をフルセットで落として難しい展開になりましたが、そこからチーム全員が、もう1回「自分のやるべきことを明確にして、役割を果たそう」とまとまりました。切符を取れてよかったという思いはありますが、パリ五輪のリベロは1枠(W杯は2人)。まず選ばれることを目標に、プレーの精度を上げていきたい。
パリ五輪の日本代表に選出されれば、東京五輪に続く2大会連続。前回大会から3年だが、代表内の立場は様変わりした。
山本 東京五輪は予選突破が目標で「達成できてよかった」という思いが最初にありました。ただ(7位で)メダルに届かなかった悔しさも感じました。パリ五輪に向けては、チーム全体がメダル獲得を目標に(全員が)取り組んでいるのが、大きな違いです。東京の時は年齢も中間から下の方でしたが、今回のW杯は上から2番目でした。引っ張っていく立場ですし、味方を動かす声がけもできるようになって、それが自信にもなっています。
昨年4月には、5シーズン在籍しながら1度もタイトルに手の届かなかった堺ブレイザーズ(現日本製鉄堺)から、この5年間で優勝1回、準優勝2回のパナソニックに移籍した。12月30日までパナソニックは13勝1敗で首位を走る。古巣の日本製鉄堺は9勝7敗の5位だ。
山本 移籍は、より強いチームで、優勝を目指してプレーしたいというのが1番の理由です。オリンピックの前年(で結果を残すことが、選手選考に有利)ということもあるので。結果を第一に考えて(パナソニックを)選びました。
パリ五輪予選終了後は、春高バレーの北海道予選を目前にしていた酪農学園大とわの森三愛高(敗退)の練習に飛び入り参加。後輩たちの打つスパイクをレシーブしまくり、「どんな時もあきらめないこと」の大切さを説いた。3月9日と10日は旭川でヴォレアス北海道と対戦。Vリーガーとして初めて道内で公式戦を戦う。日体大時代を含め、故郷を離れて約10年経つが北海道への思いは強い。
山本 後輩の頑張りは僕の力にもなりますが、僕ももっと頑張って、パリオリンピックでメダルを取って、後輩たちに影響を与えられるような存在になりたいですね。北海道の試合は、たくさんの方に応援していただけると思いますので、非常に楽しみにしています。北海道の皆さんも寒さに負けず、頑張ってください!
◆山本智大(やまもと・ともひろ)1994年(平6)11月5日、江別市生まれ。とわの森三愛高(現酪農学園大とわの森三愛高)-日体大-東京FC-堺-パナソニック。江別対雁小1年時に、兄の影響で競技を始める。とわの森三愛高3年で総体8強、春高バレー16強。全日本インカレ準優勝2回。大学では4年間8季中6季でリベロ賞を獲得。17年ユニバーシアード銅。堺時代の19年に日本代表選出。21年東京五輪出場。最高到達点301センチ。位置はリベロ。家族は両親と兄。171センチ、69キロ。


