日本バレー界を変えたい高橋藍 90万人フォロワーにも「そういう選手じゃない」/SNS編

SNSを駆使して自己表現するバレーボール日本代表の高橋藍(20=日体大)に、ファンも熱視線を送る。根底にあるのは、競技普及への思い。注目を集めるからこその使命感がある。

スポーツ総合

佐藤礼征

◆高橋藍(たかはし・らん)2001年(平13)9月2日、京都市生まれ。2学年上の兄塁(現サントリー)を追うように小2で競技を始めた。蜂ケ岡中から東山高へ進学。兄が3年だった1年時、2年時と春高バレー京都府予選決勝で東京五輪代表の大塚達宣(現早大)擁する洛南に敗れる。3年時に全国制覇。18歳だった20年に日本代表に初選出され、日体大に進学。最高到達点は343センチ。ポジションはアウトサイドヒッターだが、レシーブ力を生かしてパドバではリベロも務めた。188センチ、72キロ。

五輪でインスタ70万人増 東南アジアでも人気

パドバでスタッフと抱き合う高橋藍(左)(©Pallavolo Padova)

パドバでスタッフと抱き合う高橋藍(左)(©Pallavolo Padova)

20万人から、90万人。

東京五輪を終えて、インスタグラムのフォロワーは、4倍以上に膨らんだ。

バレーボールの実力はもちろん、端正なルックスも注目を後押しする。バレーボールが盛んなタイやフィリピン、インドネシアなど東南アジアのフォロワーも多い。高橋が率直に感じているのは-。

「本当に驚きはありますし、応援してくれる方々が増えるのはすごくうれしいです。でも、それ(SNSのフォロワー)が全てではないので、応援してくれる方々がいることと、自分がまだまだそういう選手じゃないと、謙虚な気持ちを持ってやっていきたいです」

イタリアでチームメートと写真を撮る高橋藍(本人提供)

イタリアでチームメートと写真を撮る高橋藍(本人提供)

昨年12月にはYouTubeで自身のチャンネルを開設した。イタリアでの食生活や、質問コーナー、練習風景を発信。企画の立案は、基本的に自ら行う。

「最近好きなユーチューバーは、自分は小さい子どもが好きだったりするので、名前を出すと『しょうやん男三兄弟』さん(22年5月時で登録者数は17万人超、男子3兄弟の成長や私生活を発信するユーチューバー)だったりを見ています。個人的な癒やしですね。基本的には誰かを参考にするとかはありません。自分が何を伝えたいかを大事にしています」(5月21日に同チャンネルとのコラボ動画を掲載)

突き動かすのは、使命感。バレーボールという競技を普及させたい-。注目を集める立場だかこそ、発信できることがある。

日本代表の合宿で練習に励む高橋藍(日本バレーボール協会提供)

日本代表の合宿で練習に励む高橋藍(日本バレーボール協会提供)

「自分としてはバレーボール選手として一流になっていくことが一番だけど、オリンピックも出場して、いろんな選手が自分を目標にやってくれている。自分が何をできるか考えたときに、強くなっていくところや、小中高の選手にバレーボールの楽しさ、自分がどういう選手なのか、どういう生活をしているか…。伝えることができる選手も限られている。できる選手だからこそ、そういうところを大事にしてやっていきたい」

パドバでプレーする高橋藍(©Pallavolo Padova)

パドバでプレーする高橋藍(©Pallavolo Padova)

「バレーをもっと盛り上げたい」20歳の野望

昨年末から4カ月、武者修行に赴いた本場イタリアでは、老若男女がバレーボールを観戦する。カップルの観客も珍しくない。バレーボールが一つの「エンタメ」として成立していることを実感した

「バレー界をもっともっと、盛り上げていきたい。若い選手がどんどん興味を持って、少しでもいい選手が出てくることがバレー界のためになる。バレーボールの普及や面白さを伝えることにつなげたい。便利な世の中だからこそ、そういうものを使っていきたいと思っています」

パドバでプレーする高橋藍(左)(©Pallavolo Padova)

パドバでプレーする高橋藍(左)(©Pallavolo Padova)

座右の銘は、アメリカの大ヒットドラマ「プリズン・ブレイク」に出てくる「勇気と信念が世界を変える」。

東京五輪の最年少代表から、世界最高峰のセリエA・パドバで貴重な経験を積んだ期待の星。まずは、日本のバレーボール界を変えていく。