井上尚弥は日本の歴代最強か 取材歴60年の記者が1位にあげたのは

プロボクシングWBA、IBF世界バンタム級王者の井上尚弥(29=大橋)が6月7日、さいたまスーパーアリーナでWBC同級王者ノニト・ドネア(39=フィリピン)と統一戦に臨む。2年7カ月ぶりの再戦で、井上が前回に続いて勝利すれば、日本人初のパウンド・フォー・パウンド(PFP=体重差が同じと仮定した世界最強)ランキングのトップに躍進する可能性がある。井上はなぜこれほど強いのか。歴代世界王者と比較してどの位置にいるのか。60年以上のボクシング観戦・取材歴を誇る共同通信の津江章二氏、日刊スポーツの元ボクシング担当の首藤正徳、現担当の藤中栄二が座談会で語り尽くした。

バトル

首藤正徳、藤中栄二

<ドネアとの統一戦直前企画㊦ボクシング記者3人が語り尽くす>

WBSS世界バンタム級決勝 11回、井上尚弥(後方)は左ボディーフックでダウンを奪ったが、ドネアが立ち上がって驚きの表情=19年11月7日

WBSS世界バンタム級決勝 11回、井上尚弥(後方)は左ボディーフックでダウンを奪ったが、ドネアが立ち上がって驚きの表情=19年11月7日

50戦無敗の王者を 

首藤 井上尚弥は完璧なボクシングと、その実績から「日本ボクシング史上最高傑作」とも言われます。プロ6戦目でWBC世界ライトフライ級王座を獲得すると、フライ級を飛び越えて、8戦目でWBOスーパーフライ級王座を獲得。3階級制覇した現在はWBA、IBFバンタム級王座を防衛しています。実力、実績でも日本歴代最強と言えそうです。

津江 確かに彼は日本の歴代王者、現役の世界王者、どちらと比べても3本の指に入るボクサーです。ただ、今の段階で日本人歴代世界王者のパウンド・フォー・パウンド(PFP=体重差が同じと仮定した最強選手)ランキングをつくるとしたら、私は1位ファイティング原田(元世界フライ、バンタム級2階級制覇王者)2位井上尚弥、3位海老原博幸(元世界フライ級王者)の順番になります。

首藤 時代を超えて選手を戦わせることはできないので、どうしても実績やその時代の突出度を比較することになると思うのですが、津江さんが井上ではなく、ファイティング原田を1位にした理由は?

津江 1965年(昭40)5月に、原田は世界バンタム級王座を奪取して2階級制覇した。その相手が無敵王者エデル・ジョフレ(ブラジル)。彼に勝った実績が大きい。当時、ジョフレは50戦無敗の王者で、しかも全盛期で8連続KO防衛していた。

首藤 ジョフレは「黄金のバンタム」の異名で、PFPでもトップにランクされていました。しかも、当時は1階級に世界王者は1人だけ。原田戦前までジョフレは17連続KO中だったので、大方の予想は原田のKO負けだった。

津江 私も絶対に負けると思っていたから、試合終了のゴングが鳴ったときに涙が出た。KOされなかったと。その時に、「あれっ」と思った。接戦だし、日本で行われた試合だから、もしかすると原田の勝ちもあるんじゃないかと。そう思うと心臓がどきどきして、主審が「ハラダ」と言ったとき、本当に興奮した。あれだけ偉大な王者と真っ向勝負して勝った。あれが今でも日本ボクシング界最大の勝利と言われている。井上にはまだそこまでの大勝利はない。

世界バンタム級選手権 1R原田のカウンター気味の右フックをアゴに受けたベルナルド・カラバロはダウン。4度目の防衛に成功=1967年7月4日

世界バンタム級選手権 1R原田のカウンター気味の右フックをアゴに受けたベルナルド・カラバロはダウン。4度目の防衛に成功=1967年7月4日

骨のあるやつはいないのか、と

藤中 今の世代のファンは昔のことを知らないので、自分も含めて、どうしても今を基準にして井上が最強と考えてしまう。バンタム級で4団体統一王者になって、スーパーバンタム級に上げれば、米国で実績のある有名選手もいるので、ジョフレ-原田戦のようなマッチメークも期待できる。

津江 原田はフライ、バンタムの2階級を制覇して、3階級制覇を目指して世界フェザー級王者ファーメションに敵地オーストラリアで挑戦して、3度もダウンを奪った。明らかに原田の勝ちなのに、判定は露骨なホームタウンデシジョンで王者の判定防衛。判定を盗まれたんです。原田は本来なら3階級制覇しているんですよ。当時はスーパーフライ級やスーパーバンタム級はなかったから、今の5階級に匹敵する。それほどの実力の持ち主だったんです。実績的にも井上が上にいくにはもう少し時間がかかると思います。

首藤 ただ井上はライバルになりそうな強い王者を、簡単に倒してきた。それだけ突出して強いということ。フライ級からフェザー級まで5階級を制したドネアに、井上は勝利を収めています。ただ、残念ながらドネアはジョフレのような全盛期ではなかった。ドネアは井上より10歳も年上。これはどうしようもないことですが、もしドネアがもっと若くて、勢いのあった時期に対戦して勝っていれば、井上の評価はさらに高かったと思う。

藤中 そういえば井上が「忘れられない一撃」に挙げたのが、11年2月にドネアがWBC、WBO統一バンタム級王者モンティエル(メキシコ)を、失神KOした左フックなんです。あの勝利でドネアは3階級を制覇した。モンティエルも長谷川穂積をKOして王座を統一した強い選手でしたから。あの頃のドネアと井上が戦ったらどうなるのか興味深いですね。

津江 海外のスーパーチャンピオンたちもみんな同時代にライバルがいた。ヘビー級のムハマド・アリにはジョー・フレージャーやジョージ・フォアマンがいた。80年代の“黄金の中量級”にはハグラー、ハーンズ、レナード、デュランの4人がいた。残念なのは井上にはしのぎを削るようなライバルがいないこと。それはおそらく井上本人も思っているんじゃないかな。もっと骨のあるやついないのかと。

WBA世界フライ級タイトルマッチ ホセ・セベリノ対海老原博幸 ホセ・セベリノ(左)に右フックを見舞う海老原博幸=1969年3月30日

WBA世界フライ級タイトルマッチ ホセ・セベリノ対海老原博幸 ホセ・セベリノ(左)に右フックを見舞う海老原博幸=1969年3月30日

藤中 ちなみに津江さんは、3位に海老原を挙げていますが、その理由は? 4、5位はどうですか?

津江 海老原は一発の切れ味が抜群だった。カミソリパンチと呼ばれ、スパッと切れ味がある。すごみのあるパンチだった。彼がロサンゼルスでアラクラン・トーレスをKOした試合は、すごい迫力で言葉にできない。井上のパンチにも同じものを感じる。4位は元世界スーパーフェザー級王者の小林弘。右のクロスカウンターは絶品だった。5位はWBA世界ライトフライ級王者の具志堅用高。13連続防衛は並大抵の記録じゃないですよ。その具志堅さんに井上のことを聞いたら「比べないでよ」と言われて、井上は別格であることを認めていたからね。

WBSSバンタム級決勝 9回、ドネア(右)に強烈な右フックを食らう井上尚弥=2019年11月7日

WBSSバンタム級決勝 9回、ドネア(右)に強烈な右フックを食らう井上尚弥=2019年11月7日

内容次第でPFP1位に

首藤 いよいよ6月7日の井上-ドネアの注目のリマッチが迫ってきました。前回勝利している井上が優位という声が強いですが。

藤中 年齢的にドネアはキープするのが精いっぱい。井上はまだ成長している。そう考えると前回以上に差が出るのではないかと。ただ、第1戦後の2人の対戦相手を比較すると、ドネアの方がレベルが高い相手と戦って完勝している。1人はウーバーリという世界王者、その後は団体内統一戦で暫定王者をKOしているから。ドネアもいいイメージでリマッチを迎えると思う。

津江 今回の試合は2パターンが考えられる。1つは井上が一方的に攻め倒す。あと1つは井上がドネアの左フックを警戒してクロスファイトになる。ただ、この試合で井上がドネアを完璧にKOしたら、世界的な評価はものすごく上がるでしょう。試合内容次第ではPFP1位になる可能性はある。今の井上に求められているものは高い。でも彼にはそれがプレッシャーにはならないと思うし、それを飛び越えるくらいの能力は持っている。将来的にファイティング原田を抜くチャンスはあると思いますね。