初出場の服部勇馬(27=トヨタ自動車)が、熱中症であったことを明かした。

20キロ付近までは先頭集団に位置したが、徐々に遅れ始めた。最後はふらつきながら2時間30分08秒の73位で走り終え、車椅子が用意された。その後は医務室で冷却処置を行ったとし「深部体温が40度以上に上昇した熱中症の重い症状だった」と文書でコメントした。

入賞を目指して先頭集団でレースを進めたが「遅れてからは何度も棄権ということも頭によぎった。これまで戦ってきたライバルやMGC(19年のマラソン・グランドチャンピオンシップ)で共に戦った選手たちの思いを踏みにじるようなことは絶対にしたくないと思い、絶対に最後まで諦めずに走りたいと思った」。準備期間ではアキレス腱(けん)痛や膝の調子の悪さに悩まされたという。

悔しい思いは24年パリ五輪にぶつける。「まずは体の状況をしっかり戻して、ここから先、またマラソンと共に生きていきたいと思っているので、強さのある選手になって、またオリンピックの舞台に帰ってこられるように頑張りたいと思います」と誓った。