柔道男子日本・井上康生監督の兄智和さん(45)が、弟へ感謝の気持ちを伝えた。「選手でも金、監督でも金メダルだ。9年間お疲れさま」。井上3兄弟の末っ子は、幼少期から柔道では力が一枚上だった。小中高大と全て日本一。王道を歩み、智和さんの呼び名は決まっていた。

「康生くんのお兄ちゃん」

それでも良かった。努力する弟を見てきたから「康生には絶対に勝てない」と認めていた。98年4月の全日本選抜体重別選手権100キロ級決勝。弟と初対戦し判定勝ちしたが、不思議な感覚だった。

「『康生を倒して五輪に出てやろう』という気持ちよりも、『康生の邪魔をするやつは俺が倒す』という思いが強かった」

康生のために-。金メダルを獲得した00年シドニー五輪の前年に母かず子さん、05年には3兄弟の一番上の兄将明さんを亡くした。さらに康生は04年アテネ五輪で準々決勝敗退、08年北京五輪代表落選など苦難が続いた。そんな時、智和さんが相談相手となった。

12年に代表監督就任の打診を受けた際には「康生ならやれる。お前に与えられた使命だ」と背中を押した。リオ五輪で男子全7階級でメダルを獲得し、東京五輪を控えて、こう言った。

「柔道に愛されているな。ここで力を発揮するのが康生だと信じている」

東京五輪では過去最高の5階級制覇。「やっぱりもってるな」。“康生のお兄ちゃん”は誇らしげだった。【峯岸佑樹】