ロシアのウクライナ侵攻を目の当たりにし、1990年代に起こった一般的にユーゴスラビア紛争と呼ばれる、バルカン半島での内戦のことを思い出しました。当時はまだ学生で、1990年のワールドカップ(W杯)イタリア大会でのユーゴスラビア代表とアルゼンチン代表の試合に魅せられました。そしてトヨタカップでは、レッドスター・ベオグラードが優勝し、“内戦中の祖国に1つ良いニュースが届けられるでしょう”というアナウンサーの言葉をはっきりと記憶しています。

紛争から逃れるために所属選手は皆、国外でプレーしていて、そこからの94年W杯アメリカ大会、ルーマニアやブルガリアといった旧社会主義国の躍進に何か不思議なフットボールの力を感じました。当時のバルカン半島を表す「7つの国境、6つの共和国、5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字、1つの国家」という言葉があります。まさにこの地の特徴を表現しているのですが、ピッチの上でボールを蹴ることは世界共通。それは美しき姿であることに間違いはありません。

しかし今回のロシアのウクライナ侵攻は過去のそれとは少し様子が違うように感じます。過去の紛争はこれほど国家利権を背景にしたものではなかったはずです。当時、世界中の国々がバルカン半島の紛争に対して口を挟むことはなかったのですが、利権絡みの紛争でないが故に、口を挟む理由がなかったのかもしれません。

今回のウクライナ侵攻は、ロシア・マネーに大きく依存してきたスポーツ界にとって影響がとても大きいのは確かです。フットボールだけでなく、多くのスポーツにおいて、ロシア・マネーの喪失は痛いものです。

この事を考えているときに、レアル・マドリード大学院での授業を思い出しました。いわゆるビジネスリスクとポートフォリオにおけるリスクヘッジについてという題目でした。ビジネスリスクは単純な紛争・戦争だけでなく、地震や火山の噴火といった自然災害も該当します。また、時に政治的な決断も、ビジネス視点から見ればそれはリスクになってしまうととらえることができます。そして、当時新型コロナウイルスによる世界的な大打撃は影も形もなく、全く想像がつきませんでした。そういった目に見えにくい細菌類やオンライン上のウイルス、ハッキングなどもビジネスリスクの1つになります。このコロナ・ショックに世界中が巻き込まれた時に、同期との会話で「授業でこの話があったな」と思い出していました。

一方リスクヘッジの部分では、1つのビジネスに頼りすぎると、それが折れたときに会社そのものが共に倒れてしまうリスクが高いということになります。メインのビジネス支柱を立てながら、サブの支柱を作り育てておくことがポイントになるということです。今回のロシア・マネーの喪失から、やはり一極集中のお金の集め方は非常にリスクが高いことを示しています。2000年代に入り、スポーツ界はアラブマネー、中国マネー、ロシアマネーの3大マネーに頼ってきた背景があります。このうちの2本が倒れつつある中、国別で見ていくと、取って代わる財源は一体どこの国のマネーになるのでしょうか。スポーツ界はオイルマネーの一極集中に頼ってしまうことの危険性を感じなくてはいけないのかもしれません。

【酒井浩之】(ニッカンスポーツ・コム/サッカーコラム「フットボール金融論」