4月27日、トットナムが新スタジアムで初の失点と敗北を喫した。ロンドンダービーで気合十分のウェストハムが、ミケル・アントニオのボレーによる1点を守り切った。ただし、市内北部での建て替えが終了した「豪邸」の出来栄えには、東部から訪れた勝利チームの一行も、ひそかに感嘆の声を上げたことだろう。
筆者も当日がトットナム・ホットスパー・スタジアム初訪問だった。約1カ月前のこけら落としを取材した記者仲間から、「アメイジング」、「ゴージャス」などと聞かされていた。
一目見た瞬間、「ワオ!」とも思った。単純な驚きもあった。スタジアム周辺の様子は以前のまま。地元のハリンゲイは貧困層も多い地域で、最寄り駅からスタジアムへと続く国道沿いに並ぶ小さな商店や公団住宅の壁には、8年前に発生した暴動の爪痕も残っている。その風景の中にこつぜんと現れたトットナムの「新居」は、ガラス張りの楕円(だえん)形UFOが着陸したかのごとく、浮いているように感じられた。
もっとも、これは英国ではありがちな違和感。住宅街にあるスタジアムが多い上、外壁を残したままの改築が一般的な民家は、古いれんが造りの見た目が変わらないためだ。13年前、同じロンドン北部にアーセナルがエミレーツ・スタジアムを新築した当初も、やはり違和感があった。だが、時間がたてば見慣れた光景となる。
何より、フットボール・クラブのホームに限らず、「わが家」は中身の居心地と機能性が重要だ。トットナムのモダンな新居には、10点満点で9・5点は与えられる。サポーターとの一体感と相手チームへの威圧感を生む臨場感は、最大で6万2062人を収容する大きなスタジアムとは思えないほど。天然芝のピッチが、米国NFLと業務提携のあるアメフトの試合で使用される人工芝ピッチを格納する形で、グラウンドレベルから1・5メートル高い位置に設置されていることもあるのだろうが、1802人分だけ箱が小さいエミレーツよりピッチが近く感じられる。3年前に入居したロンドン・スタジアムがトラックのある陸上競技会場でもあるため、ホームのピッチが物理的に遠いウェストハムのファンは、うらやましく思ったに違いない。
新スタジアムの特徴のひとつである1階層造りの南側スタンドは、1万7500人のサポーターで埋まる巨大な壁のよう。トットナムが同スタンド前のゴールに向かって攻めていた後半の80分過ぎ、一斉に起こった「シュート!」の掛け声は、約30メートルの距離でボールを持ったクリスティアン・エリクセンの足を突き動かしそうな迫力があった。実際に打っていれば、ゴール裏の「12人目」の念力がボールをネットへと吸い寄せてくれたかもしれない。
試合も終盤ともなると、両軍監督がベンチ前に立ちっぱなしの状態だが、南側のゴールをメインスタンド1階の記者席前列から右斜め横に眺める筆者の視界は良好だった。旧スタジアムでも同じような位置の席を割り当てられることが多かったのだが、当時の座席はピッチレベルで、よく監督に視界を遮られたものだ。ふと、4年前のウェストハム戦で、アウェーチームのテクニカルエリアに立つ、“ビッグ・サム”こと巨漢のサム・アラーダイスが邪魔で仕方なかった、ホワイト・ハート・レーンでの記憶がよみがえってきた。
モダンな新居はスタンド以外の環境も快適だ。飲食店が並ぶ「マーケット・プレース」や、全長65メートルのカウンターを持つ「ゴールライン・バー」が設けられている、一般観衆用コンコースはショッピングモールの内部さながら。メディア用ラウンジにまで、グラスの底から1分間に1万パイント(約4千リットル)ものビールを注ぐシステムが用意されているわけではないが、旧居より軽く数倍は広い報道陣用スペースもカフェレストラン風だ。記者席へと続く通路の床に埋められているプレートには、その床が118年間のホームだった、ホワイト・ハート・レーンの骨材でできているとの表示。歴史を大切にする、この国らしい。
当日のトットナムファンは、その魅力的な新スタジアムからフルタイムを待たずに去り始めた。追う展開だったこともあるが、帰路の大混雑回避が主な理由だ。「訪問客」の数が3万人台から2倍近くに増えても、公共の交通機関網は以前のままなのだ。これが、前述した評価におけるマイナス0・5点の理由。もちろん、クラブではなく英国全体に言えるインフラ老朽化の問題だ。
トットナム自体は、21世紀のビッグクラブにふさわしいホームを作り上げた。10億ポンド(1500億円弱)とも言われる建設費用が、補強予算を締め付ける事態は避け難かったが、そのチームは、就任5年目のマウリシオ・ポチェッティーノ監督の下で攻撃的なスタイルを身につけ、プレミアリーグのトップ4争い常連、そして優勝候補へと進化を遂げてきた。補強なしの状態でクラブ史上初のCL4入りも達成済みの今季は、最終結果にかかわらず「成果」を収めたと言ってもよく、その象徴がついに完成を見た新スタジアムでもある。
試合後のファンの表情も、ホームでのダービーに敗れた後にしては明るかった。自慢の新居を背景に記念写真を撮る人々も多数。道端で家族集合写真の撮影を頼まれた母親とおぼしき女性に、「ダービーで初黒星がついちゃいましたね」と振ると、トットナムのレプリカシャツを着た彼女からは、「4、5年もすれば、アントニオなんて引退していて『誰、それ?』みたいな感じよ。気にもならないわ」との答えが返ってきた。その頃には、最寄り駅のインフラ改善が進み、トットナムのホームに10点満点を与えられるようになっているだろうか?【山中忍】

