リオデジャネイロ五輪で、日本中に大きなインパクトを与えたカヌー・男子カナディアンシングルの羽根田卓也(30=ミキハウス)は、今季もひたむきに世界トップに挑み続けている。

 カヌー・スラロームの世界選手権が9月30日、フランスのポーで行われ、決勝で羽根田は100・07点で7位だった。準決勝で99・83点で10位に入り決勝に進出も、決勝ではわずかにタイムを落とし、日本選手初の表彰台には届かなかった。レースを終えた羽根田は「思ったよりもタイムが出ていなかった。思い返すと、小さいミスがたくさんあった。水もつかめていなかった。満足はしていないが、恥じるような結果ではない」と、今季最大の目標だった世界選手権での闘いを振り返った。

 今年2月、羽根田は新潟・十日町にいた。心肺機能を高めるためクロスカントリーに取り組みはじめて5年。高校卒業と同時に渡欧して練習拠点としたスロバキアでは、海外の強豪選手のカヌーの練習を見て、日ごろの振る舞いを感じて、冬のトレーニングの様子を観察してきた。冬場はクロカンで鍛える姿を参考に、羽根田も体の動きをチェックしながら雪山と向き合ってきた。「クロスカントリーでは振り子の作用を使って、スムーズな体重移動ができるかが鍵を握ります。それは、波にもまれながら、常にいろんな体勢で体を操らないといけないカヌーにも通じるものがあります」。

 いつものように、淡々とした表情で丁寧に、落ち着いた口調で質問に答える。質問の意図をしっかり考えてから、的確な受け答えを同じリズムで繰り返す。リオデジャネイロ五輪後に、さまざまなテレビ番組に出演した。バラエティー番組にも積極的に出演し、トークで見せた鋭さで、お茶の間を驚かせ、出演者からも何度も感嘆の声が上がっていた。「口数は多くしないようにしていました。たくさんしゃべらない。でも、クリティカルヒットを意識して」。トークにも、羽根田らしく狙いを持って臨んでいたことが伺える。

 日本人として男女を通じてカヌー競技ではじめてメダルを獲得した。端正なマスクと、切れ味あるトークで、存在感を増したが、五輪特需は秋風とともに過ぎ去った。冬を迎えた羽根田からはこんな言葉がよく聞かれるようになった「これでまた4年間、カヌーがみんなから忘れられてしまいますね」。十日町の雪道を踏み締めながら、羽根田は寂しそうだった。

 注目され続ければ、私生活も、落ち着いた練習環境も崩れてしまうかもしれない。そういうネガティブ要素を踏まえても、羽根田のメディア露出への渇望は強かった。「プライベートを追われても全然平気です。別に追い掛けられてもデートくらいできますし」。

 マイナー競技で耐えてきたアスリートならではの本音がある。そして、五輪で結果を出したからこそ、ようやく存在感を示す好機に恵まれたわけだ。その脚光が過ぎ去った後の寂しさは、より一層のものがある。自分自身が注目されたいという側面も言葉の端々にのぞくが、羽根田のメディア露出へのこだわりは、カヌー競技の知名度を上げたいという強い使命感に支えられている。

 羽根田にはひとつの哲学がある。「郷にいれば郷に従え。僕は、世界のトップがやっていることを見て、そして同じようにやってみた。もし、同じ境遇で迷う人がいるなら『とにかくそれをやってみろ! 迷うなら、やった方がいい』って言ってあげたい」。自分の身を、世界トップがトレーニングする環境に置いて、そこから「自分の目的をはっきりさせる」。そして、その目的から逆算して「今、何をしないといけないか」を考える。「僕の思考はシンプルです」。羽根田は日本を飛び出した理由を、そう言いながら簡潔に説明してくれた。

 羽根田の主戦場はヨーロッパになる。必然的に、日本で知られる可能性は低くなる。だからこそ、東京五輪までの期間は、日本のスポーツシーンから、カヌーが抜け落ちてしまう危機感がある。そうならないためには、世界選手権などのビッグタイトルに羽根田が肉薄して話題をつなげていくしかない。

 今回の世界選手権で初優勝したベンヤミン・サブセク(スロベニア)は94・81点。羽根田は5・26点差をつけられた。ちなみに、銅メダルを獲得したリオデジャネイロ五輪では、金メダルのデニス・カルガウシャル(フランス)とは3・27点差。世界最高峰へのトライアルは、依然として高い壁としてある。ただし、羽根田の頂点へのトライアルも、激しく、一瞬の巡り合わせでトップを奪取してしまう力強さを感じさせる。「恥じるような結果ではない」。羽根田の心技体は上昇カーブを描いている。トップの座を視野にとらえ、淡々としながら、内面では燃えに燃えている。【井上 眞】


 ◆井上真(いのうえ・まこと)1965年(昭40)1月4日、東京・小金井市生まれ。90年入社。野球、相撲、サッカー、一般スポーツなどを担当。入社当初、プロレス取材でサーベルをくわえた狂虎タイガー・ジェット・シンに追いかけられ、ワープロを投げ捨てて逃げた。