「水のにおいまで想像したよ」。

コロナ禍に襲われ、1年延期となった東京五輪。その間、国際試合の中止が相次ぎ、試合から遠ざかっている選手は競技を問わず多くいる。例えば、日本でもレスリング女子は、4月に予定していた国際大会を感染リスクから回避した結果、1年以上ぶりの試合を五輪で迎えるレスラーが5人もいる。競技を問わず、鍵になるのは「試合勘」だろう。その時に、冒頭の言葉を思い出す。

主は米国の伝説的スイマー、マーク・スピッツ氏(71)。金メダル9個は歴代2位タイで、体操のラリサ・ラチニナ、陸上のカール・ルイス(米国)、パーヴォ・ヌルミ(フィンランド)と並ぶ。マイケル・フェルプスに抜かれるまでは、1位だった。

マーク・スピッツ氏(2020年2月16日撮影)
マーク・スピッツ氏(2020年2月16日撮影)

20年2月、「スポーツの力で1つになる」との命題を基に、世界40カ国で社会貢献活動などを展開するローレウス財団による「世界スポーツ賞」の授賞式が行われたドイツ・ベルリンで話を聞く機会を得た。

話題は68年メキシコ、72年ミュンヘン、2つの五輪について。68年の前、数々の世界記録を樹立し、金メダル6個を取ると公言して臨みながら、個人では頂点に立てず、リレーの2つにどどまった。それから4年、再び6つのメダルへの挑戦を目指したミュンヘンでは、有言実行を上回る7個の金メダルを手にした。失意からの復活。アスリートに共通するテーマについて聞きたかった。

「メキシコの後、大学に入学して、心理学を学び始めた。失望感を克服するためにね」。当時としてはメジャーな分野ではなかった学問領域に触れたことが転機だったという。徹底したのはイメージトレーニング。ミュンヘンのコースの想像を膨らませ、泳いでいる自分を思い描く。とにかく徹底的に。「水中のにおいまでね」。その言葉に、金メダル7個の理由の1つを知れた気になった。

この6月、再び話を聞くと、コロナ禍に置かれた選手の心情をおもんぱかった。「彼らは大きな悩みや苦悩を抱えています。米国ではプールに入ることができませんでした。大打撃なのは明白です。何ヶ月もただ傍観するだけでした」。試合だけでなく、練習からも遠ざかる。それは競技も国も問わなかっただろう。ただ、偉大な先人はこう続けた。「すべてのスポーツに影響が出ていることは間違いありません。ですが、彼らも必ず東京大会に姿を現してくれることでしょう。期待を超える結果が出る可能性もあります」。それには試合勘への対応が必須。「水中のにおい」までのようなイメージができるか。それも勝負を分けるはずだ。【阿部健吾】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)

バタフライを披露するマーク・スピッツ氏(1990年10月10日撮影)
バタフライを披露するマーク・スピッツ氏(1990年10月10日撮影)
鈴木大地氏(左)とマーク・スピッツ氏(1990年10月10日撮影)
鈴木大地氏(左)とマーク・スピッツ氏(1990年10月10日撮影)