フィギュアスケート男子の冬季オリンピック(五輪)2連覇王者、羽生結弦さん(27)が19日にプロ転向を正式表明し、競技会の第一線から退く決断を下した。「羽生結弦の軌跡」とし、フィギュアスケート史に金字塔を打ち立ててきた羽生さんの挑戦の歴史を連載で振り返る。

    ◇    ◇    ◇  

世界が変わる前、新型コロナウイルスが感染拡大する前、羽生結弦が競技会にフル参戦したのは19-20年シーズンが最後になった。

全日本選手権。ショートプログラム(SP)は非公認ながら当時世界最高の首位発進も、総合2位と国内で5年ぶりに敗れた。5週3戦の過密日程で「心身の消耗が激しく、調整すらできない」ほど疲弊。食欲は落ち、大学の課題にも追われて練習を積めなかった。

「体と心がイメージと乖離(かいり)していた。日に日に体が劣化していた」

だが、第一線に立ち続けた。44日後の4大陸選手権(韓国)に3季ぶり出場。国際大会の主要6冠「スーパースラム」達成へ、唯一なかったタイトルだった。

平昌五輪後の「秋によせて」「Origin」を、シニア10季目で初めて途中変更。金看板の「バラード第1番」と「SEIMEI」に戻す。「フィギュアスケートって何だろう」。4歳から始めた競技を考え直した答えは「ジャンプと音楽の融合が好き」だった。

技術と芸術が調和したSPで世界最高得点(当時)を更新。「焼き直し」とは言わせない自負があった。

「ワインやチーズみたいに、滑れば滑るほど、時間をかければかけるほど、熟成されて深みが出るプログラム。心から曲に乗れた」

ショパンが25歳で作曲した「バラ1」を25歳になった羽生がよみがえらせた。

「フィギュアって毎年毎年、新しいものをやる。長くて2年。それって真理なのかなって。伝統芸能は、語り継がれるものは何回も演じられる。バレエもオペラもそう。『SEIMEI』も特にそう。そういう道を究めるのもいいなって」

ワインもチーズも「たしなまないです」と笑いながら、代名詞「SEIMEI」の熟成をこう説明した。

「前より感情が緩やかになった。前は殺伐としていて、結界を張って何かと闘って、はね返す! みたいな。それが、とがっていないというか達観した。映画『陰陽師(おんみょうじ)』の中の安倍晴明に、ちょっと近づいてきたのかなって感じが、しなくもない」

このシーズンはグランプリ(GP)ファイナルでも敗れ「内発的動機が全くなくなった」と心配な言葉も発していたが、4大陸で初優勝。平昌後の心残りだった6冠目を手にし「続けて良かった」と安心させた。今後のアイスショーなど新たな挑戦で示すだろう方向性も、おぼろげに見えた。

大会後、新型コロナが猛威を振るう。3月の世界選手権(カナダ)は59年ぶり中止。「暗闇の底に落ちていく」次シーズンが羽生を待ち受けていた。(敬称略)【20年~担当=木下淳】

◆スーパースラム ジュニアの世界選手権とGPファイナル、シニアの五輪、世界選手権、GPファイナル、4大陸選手権(欧州勢は欧州選手権)を全て制した6冠の栄誉を表す。女子は金妍兒(キム・ヨナ=韓国)とアリーナ・ザギトワ(ロシア)が達成。男子は羽生が初めて完成させた。