<柔道:全日本選手権>◇29日◇日本武道館

 日本男子に新エースが誕生した。穴井隆将(24=天理大職)が決勝で棟田康幸(28=警視庁)を判定の末に破り、6度目の出場で初優勝を飾った。昨夏の北京五輪出場は逃したが、五輪後の国内外主要大会では今月の選抜体重別選手権も含め、破竹の連勝。北京五輪100キロ超級金メダルの石井慧が総合格闘家に転身後、重量級のエースは不在だったが、新エース襲名にふさわしい堂々の勝ちっぷりだった。8月の世界選手権(ロッテルダム)では100キロ級で世界一を目指す。

 穴井が勝負の鬼になった。決勝戦は左足負傷の棟田に隅返しによる有効で先手を奪われる展開。だが残り1分30秒。場外まで、もつれた内またで棟田を広告板にたたきつけた。ポイントはなかったが、勝利への執念を表した。その後も相手の左足を攻め、残り31秒の大外刈りで棟田を逃げさせ、注意で同点。最後まで攻めの姿勢を貫き、判定で3本の赤い旗が上がると、畳の上で男泣きした。

 「うれしすぎて、何が何だか分からない」。5歳で柔道を始めたころから、全日本選手権は親子で追い掛け続けた夢だった。父の隆信さん(52)は今も大分県警の警察学校教官を務める7段の柔道家。現役時代は全日本選手権の出場権をかけて九州予選を戦ったが、結局1度も出場はかなわなかった。父の戦う背中を見続けてきた穴井は「オヤジのために全日本に出る」と、言い続けてきた。

 「誰よりも練習してきたつもりだった。学生ですら嫌がる400メートルダッシュもたくさんした。他の選手はそこまでやってないと思う」。努力の自負はあっても、日本選手権では06年の8強が最高。五輪など世界舞台に直結する結果も残せなかった。07年10月には左ヒジを負傷し、世界団体選手権も辞退に追い込まれた。隆信さんとの会食で「こんなに練習しているのに」と弱音を吐いて「酒を飲んでグチグチ言うな!」と一喝され、目を覚ましたこともある。

 今年は初めて元日から練習した。北京五輪を逃してからは国内外の主要大会で連勝。この日は準々決勝で過去3戦全敗の鈴木に背負い投げで1本勝ちした。石井が総合格闘家に転身し、日本柔道はエース不在。日ごろは「石井は石井。自分は自分」と比較を好まなかった穴井が、この日は「勝ちたい思いが強い選手が勝つ。それを証明したのが石井」と言った。名前の由来は「隆盛を極めて、大将のようにデンと構えてほしい」(隆信さん)。世界一も取れば、穴井時代がやってくる。【広重竜太郎】