<2009年7月30日の日刊スポーツ紙面から>

 男子200メートルバタフライ決勝で、松田丈志(25=レオパレス21)が北京五輪と同じ銅メダルを獲得した。北京五輪8冠、五輪通算14冠の怪物マイケル・フェルプス(米国)を抑えて全体1位通過した準決勝の勢いに乗って、1分53秒32。五輪、世界選手権を通じて男子バタフライで日本勢初の金メダルには届かなかったが、前日28日の男子100メートル背泳ぎ金メダルの古賀淳也(22)に続いて、男子主将の責任を果たした。フェルプスが1分51秒51の世界新記録で優勝した。

 松田が世界の表彰台に立った。準決勝を全体の1位通過し泳いだのは4コース。隣の5コースには最大のライバルのフェルプスがいた。重圧のかかる中で、松田の泳ぎはいつもより大きく、そして力強かった。電光掲示板でメダル獲得を確認すると、ちょっと悔しそうな表情を浮かべた。

 前日28日の準決勝からフェルプスに先着し、勢いを持続して決勝を迎えた。26日に出場した400メートル自由形では予選落ち。「悪い流れを変える意味で」と、水着を英スピード社のレーザー・レーサーを思い切って替えた。今大会、猛威を振るうイタリア・ジャケド社製の水着で、前日28日の準決勝では1分53秒35の好タイムをマーク。「(1分)54秒0を目安にしていたけどそれよりも速かった」と、手応えを感じていた。

 200メートルバタフライで「自分色」と表現した銅メダルを獲得した北京五輪後、なかなか12年ロンドン五輪を目指すと口にできなかった。自らに過酷な練習を課し、努力し続けることの厳しさを知るだけに、4年先が見通せなかった。ミズノに代わる、新たな所属先探しは難航し、松田は「軽々しくロンドンとは言えない」と、悲壮感すら漂わせた。そんな時、レオパレス21との所属契約がまとまって、「ロンドン五輪」という言葉の封印を解いた。

 今大会に向けて普段の泳ぎ込みに加えて階段ダッシュを取り入れ、体幹の強化に取り組んだ。競泳選手ではベテランの部類に入る25歳。練習量を支えるために「疲労との付き合い方が大事」と考え、北京五輪後に老化防止作用があるとされる栄養補助食品を取るようになった。今大会に向けた合宿から男子の主将を任され、尊敬する山本貴司、北島康介らのように「泳ぎでチームを盛り上げたい」と話していた。その通り、見事にメダルを獲得した。【高田文太】