久しぶりに会った彼は、スーツ姿だった。「このスーツ、社会人の時のなんですよ」。かつての銀行マンは、そう言ってスケジュール帳を開いた。「今週はあいさつ回りです。千葉で東海大系列中心に。仙台にも行きます。まだ慣れませんねえ」。新任のロッテ小林敦スカウト(29)だ。

 ケガに泣かされた現役生活だった。10年ドラフト3位で入団。仙台にある七十七銀行初のプロ野球選手となった。阪神に移籍した同姓の小林宏之の背番号「41」を引き継いだ。〝コバアツ〟は即戦力右腕と期待された。1年目の7月に初勝利。だが、終わってみれば、それが唯一の白星。「ほとんどケガ。何もやってない5年間でした」と、サバサバと振り返った。

 2年目の8月に右肩腱板の修復手術に踏み切った。今、思えば、社会人時代から兆候はあったという。登板翌日は満足にキャッチボールができなかった。「当時は『こんなもんだろう』て」。予想を超える重症だった。手術後は右肩を完全固定。食事や歯磨きも左手でこなすしかなかった。結局2年近いリハビリを経て、14年春に2軍で実戦復帰。「あれが一番の思い出。楽しかったな。少年野球みたいで」。喜びは、唯一の白星を上回った。

 覚悟を決めた今季。「1軍に復帰できれば、お世話になった方たちに恩返しになる」と臨んだが、1軍は遠かった。2軍でも、連投で疲れがたまるとダメだった。引退報告をしたら、リハビリを担当してくれた理学療法士の先生たちの「お疲れさん」が心に染みた。「良い成績を残せる選手だけじゃない。スカウトとして、選手の気持ちが分かるように。ケガして知識は増えた。それが役に立てれば」。故郷の東海と、北陸地区を担当する。【古川真弥】

 ◆小林敦(こばやし・あつし)1986年(昭61)2月24日生まれ、静岡・島田市出身。東海大相模、東海大を経て、七十七銀行から10年ドラフト3位で入団。1年目に9試合、1勝5敗、防御率5・80。2年目に右肩手術。1軍復帰はかなわず、今季限りで引退。スカウトに就任した。178センチ、85キロ。右投げ右打ち。