<西武0-3ソフトバンク>◇1日◇西武ドーム
ぶっちぎりの、圧倒的な強さだった。ソフトバンクがパ・リーグ連覇を達成した。優勝マジック1で臨んだ西武戦に完勝し、両リーグ最速で80勝に到達し、2位日本ハムに13ゲームの大差をつけた。優勝は15度目(南海、ダイエー時代を含む)で、1リーグ時代を含めると17度目。秋山幸二監督(49)は、古巣西武の本拠地で6度、宙を舞った。昨年はクライマックスシリーズ(CS)で敗退。8年ぶりの日本シリーズ進出をかけ、11月3日からCSファイナルステージ(6試合制)に臨む。
最大の屈辱から、はい上がった。秋山監督が6度、舞った。両手を上げ、ナインに身を委ねた。最高の喜びをもたらした選手への感謝の思いが言葉になった。「何回優勝してもうれしい。ケガが多かったけど助け合いながらカバーしてきた。チーム力がついたと思う。若い選手もやってくれた」と喜びを口にした。
夢破れた日から挑戦は始まった。昨年10月19日。CSファイナルステージではロッテに対し王手をかけながらも3連敗。リーグ優勝チーム初の敗退。何が足りなかったか-。試合後、ミーティングは夜中の1時まで及んだ。分厚い選手層を求めた。投手コーチと11年先発陣の屋台骨を話し合った。杉内、和田の両輪は揺るぎないが、10年に結果を出した小椋や陽耀勲を筆頭に先発構想を組む中、大隣の再生や、山田や岩崎、大場らにチャンスを与えると決めた。野手陣では、球団と内川、カブレラ、細川の調査&補強を決めていた。
一方で、若い芽を伸ばそうと、可能性を閉じなかった。序盤は江川、中村を使った。福田や明石ら若手もちゅうちょせずに使った。交流戦を2年ぶりに制して軌道に乗ると、最後は巨大戦力の強みを生かし、記録的な圧勝による連覇を果たした。
この日も白星をもたらしたのは若手だった。他球団を寄せ付けない選手層を象徴するゲームだ。6回。26歳長谷川の二塁打が攻撃の起点。V打は22歳福田の中前打。さらに、25歳明石の右中間三塁打で突き放した。ウイニングボールをつかんだのは、右翼の福田。前に突っ込みながら捕球するビッグプレーで締めくくった。
巨大戦力、成長著しい若手の見極め。すべてを託された秋山監督は、信念を貫いた。「オレが選手(の起用法を)気にし始めると、選手も気にしだすだろ。シンプルにいく。状態のいい選手を使う。それだけ」。3冠王の松中にレギュラーを保証せず、主将小久保も開幕4番を外した。大砲カブレラは調子が上がらないと見ればベンチに置いた。競争原理を貫いた。
腹を決め、重圧と孤独に耐えた。医者からは栄養失調といわれる。試合に負ければ悔しさのあまり、食事が喉を通らない。現役時代、朝帰りもザラだったが、今ではビール2本で酔いが回る。1人の時間も増えた。福岡市内の自宅の一室に、4種類のダンベルを持ち込み、体を動かし、気を紛らわせた。デーゲーム前夜には、睡眠導入剤を口にするようになった。
8月には母ミスエさん(享年85)が心不全で亡くなった。危篤に陥ったとき、周囲から帰郷をすすめられたが、かたくなに拒み、グラウンドに向かった。「人には人の考えがある。チームを離れない」と、関係者に、そう口にした。最期もみとれなかった。「この世界はそういうもの。入ったときからそう思っていたし、(母も)一緒のはず」。ドラフト外で西武に入団。81年、プロ野球人となった時からの考えを貫いた。通夜に参列したが、葬儀は出られなかった。その後、熊本に帰っていない。「オフに行くよ。それまでは、な」。日本一の報告をするまでは帰らない。汗が染み込んだ古巣西武の本拠地での胴上げは、野球の神様のプレゼントかもしれない。
「今年のスローガンは(ダ)。日本一をとるん(ダ)という気持ちでいきます」
昨年のように負け試合での胴上げではない。目の前の一戦に勝って自力で優勝を決めた。それでも、ガッツポーズは封印。勝利の瞬間も、普段と変わらなかった。まだ、目標がある。04年からのプレーオフ、CSにはパ・リーグ最多の6度出場しているが、1度も突破できていない。悲願のCS制覇、そして日本一への挑戦は、ここから始まる。【松井周治】



