<プロボクシング:WBC世界フライ級タイトルマッチ12回戦>◇12日◇東京・大田区総合体育館

 WBC世界フライ級王者の八重樫東(30=大橋)が持ち前のフットワークを駆使し、自身初のV1防衛を成し遂げた。挑戦者の同級10位オスカル・ブランケット(28=メキシコ)から8回に左フックでダウンを奪い、終盤まで試合の主導権を握って3-0の判定勝利を飾った。初めて味わう王者の重圧と闘いながら、あえて激闘の展開に持ち込まずに初防衛をつかみ取った。

 強打を誇る挑戦者に的を絞らせなかった。八重樫が動き回りながら右ショートフック、左フックで次々とブランケットの顔面をとらえた。ボディーブローを連発し、敵の顔をしかめさせた。8回にローブローで減点になるほど徹底して相手の体に両拳をねじこんだ。同じ8回、左フックをクリーンヒットし、ダウンも奪取。文句なしの判定勝ちで防衛成功を初めて味わい「生き残れたので、うれしいです」と安堵(あんど)感を漂わせた。

 世界戦で初めて王者の重圧を感じた。過去の世界戦4試合のうち、3度は挑戦者。昨年6月のWBA世界ミニマム級王座の初防衛戦は、WBC世界同級王者・井岡一翔との団体王座統一戦だった。「世界挑戦よりも難しい」と言われる初防衛戦。八重樫は「井岡戦は食ってやろうという気持ちだった。今回は挑戦する気持ちがなく、思い切りがなかった」と、予想以上の緊張を感じながら世界ベルトを死守した。

 入場時に着用したTシャツには、元6階級制覇王者マニー・パッキャオの姿がプリントされていた。2週間前の連休中、自宅で偶然パッキャオの試合映像をチェックした。ポンサワン、井岡、五十嵐と3度の世界戦で足を止めて打ち合ったが「どっしり構えて戦ったけど、パッキャオにあこがれて目指したスタイルはこれじゃなかった」と原点を思い出した。

 「パッキャオを見て、自分に言い聞かせようとした」。好機に思い切りの良いステップからパンチを放つ抜群の瞬発力でバレラ、モラレスというメキシコのスターを撃破したフィリピンの英雄の姿は、初めてメキシコ人と激突する八重樫にとって教科書だった。「本当はもっと攻めたかった。もっと勇気があったら倒せた」と反省したが、激闘を封印して防衛に成功できた収穫も大きかった。

 11月にも元WBC世界ライトフライ級王者の同級1位エドガル・ソーサ(メキシコ)とのV2戦が濃厚。「未熟者の王者ですが、精進していきます」。フライ級転向後、3戦目。発展途上の2階級制覇王者は、まだまだ進化を続ける。【藤中栄二】

 ◆八重樫東(やえがし・あきら)1983年(昭58)2月25日、岩手・北上市生まれ。黒沢尻工1年でボクシングを始め、卒業後に大橋ジムで05年プロデビュー。06年東洋太平洋ミニマム級王座獲得。07年プロ7戦目で当時WBC同級王者イーグル京和に挑戦も判定負け。11年WBA世界同級王座獲得。12年井岡一翔とWBA・WBC団体王座統一戦に臨むも判定負け。13年4月にWBC世界フライ級王座を獲得し、2階級制覇。家族は彩夫人と1男1女。162センチの右ボクサーファイター。

 ◆マニー・パッキャオのファイトスタイル

 史上2人目となる6階級制覇を成し遂げたフィリピン人ボクサー。伸びのある左ストレートが最大の武器で、相手のパンチが届かない距離を保ちながら、チャンスと見るや素早いステップで入り込んで左を繰り出す。98年にWBC世界フライ級王座を獲得した後、一気に3階級アップしてスーパーバンタム級に転向。抜群の瞬発力とフットワークで階級の壁をぶち破り、01年にIBF世界同級王座を獲得。その後、バレラ、モラレス、マルケス、デラホーヤといった人気選手を倒し、一気に米国でスターにのし上がった。