半世紀近くの時を経て、偉大な一歩を踏んだ。シーズン終盤に差し掛かった8月23日ソフトバンク戦。日本ハム宮台康平投手(23)が、プロ初登板を初先発で果たした。東大出身者の先発は51年ぶり3人目で、デビュー戦では初の快挙だった。
「やっぱり緊張感はありました」
結果は5回途中を4安打2失点。65年の新治伸治(大洋)以来、53年ぶりの先発勝利はならなかった。2軍で結果を残し、つかみ取った舞台。母校がある東京都で、プロのマウンドに立ったことに、縁を感じていた。
神奈川の進学校・湘南では1年秋からベンチ入り。東大文科1類に現役合格すると、最速150キロの直球を武器に頭角を現した。通算6勝。就職先は引く手あまたも、希望したのはプロ野球選手だった。日本ハムからドラフト7位で指名を受けた後、素直な思いをこぼした。
「東大卒だからではなく、実力を評価して指名した、と言ってもらえたことがうれしかった」
今年1月に「僕のアイデンティティー」と宣言した六法全書を携え、入寮。2月の春季キャンプでは、腰痛を患い、離脱を余儀なくした。未体験の練習量による、オーバーワークが原因の1つだった。日々、思い知るプロの世界。チームメートから離れ1人、黙々と汗を流す姿が目立っていた。
5月のイースタン・リーグDeNA戦では“プロ初先発”し、5回を3安打1失点。プロで初めて挙げた、白星だった。舞台は、出身の横浜市から近い平塚市だった。三塁側席には父忠さん、友人らが駆けつけていた。「がんばれ 宮台康平」と書かれた大きな横断幕が掲げられ、2軍戦では異例の大きな後押しを受けていた。
「生まれ育ったところで勝てたのは良かった」
次第にチームメートからイジられることが増え、先輩加藤からは「ミヤっち」というニックネームも付けてもらった。最高学府を経て、プロ野球界に飛び込んだ。プロ野球選手に対し、宮台にしか感じ得ない価値観の違いがあったはず。聞かずにはいられなかった。
「同期入団の後輩からも、勉強になることは多いです。彼らには野球を通して得た引き出しが、僕よりもはるかにあるんですから」
俳優武田鉄矢が演じた金八先生が、言っていた。「学ぶことは、生きること」。現在は右股関節を痛めているため、復帰に向けて汗を流している。宮台の土台である、学ぶことへの貪欲さ。プロでも、サクラ咲く日を待っている。【日本ハム担当=田中彩友美】





