エンゼルス大谷翔平投手(27)の投打二刀流は、明確なプランで始まったものではなかった。12年秋、日本ハムはドラフト1位で指名も、メジャー挑戦を表明していた大谷との入団交渉は難航が予想された。その道中、GMだった山田正雄(77=現スカウト顧問)は当時の監督、栗山英樹から問われた。「山田さん、ピッチャーと野手、どっちがいいんですか?」。山田は即答しなかった。少し考えてから、口を開いた。「いやちょっと今、結論は出ない。どっちがいいと言われても、分かんないくらい両方いいですよ」。あえて、投打に絞った評価を伝えなかった。

13年2月、広島との試合前に栗山監督(左)からアドバイスを受ける日本ハム大谷
13年2月、広島との試合前に栗山監督(左)からアドバイスを受ける日本ハム大谷

もうひと言、付け加えた。「もしあれならば、キャンプで両方やらせてみて、そこで判断しても遅くないんじゃないですか?」。当時はGMという立場だったが、ドラフトで獲得した選手の育成については、現場に一任していた。「預けちゃうという感じで、そこまでが僕の仕事だと思っていた。その中で栗山さんが、じゃあ(二刀流)と考えたんじゃないかと思いますけどね」と回想する。

入団交渉では、大谷の視点で話を進めた。「日本ハムに入ってくれという、そんなんじゃない。本人のために、今ここで(アメリカへ)行かせちゃいけないと。あんまり変な欲をかかなかったことが、いい結果に出てるのかもしれない。あんまり人間、変な欲をかいちゃいけないんだね」。一緒になって夢への道しるべを考え、あらゆる可能性を消さなかった大局観が、二刀流のパイオニア誕生へ加速させた。

あれから10年。今季もメジャーリーグで大谷は二刀流を続けている。しかもトップレベルで。「どっちかに絞ってくるだろうなっていうことは、ずっとありましたね。でもね、(日本ハム)3年目くらいだったかな。いい成績を出した時に、そのくらいから、もしかしたら。調整法を3年くらい見ていると、なんか簡単にやっているような気がしたもんですからね」。

日本ハム時代は、先発投手としての調整は登板2日前にブルペン入り。それまでは軽いキャッチボールくらいで、野手出場を重ねながら投打で実績を残していった。前例のない調整で、どんどん成長していく姿に「これを続けていけば二刀流は何年もできるだろうな」と初めて思ったという。

42歳から今まで、スカウトとして生き続けてきた山田は、疑問に思っていることがある。「ベーブ・ルースが二刀流をやっていたというのがあるじゃないですか。本当にピッチャーだったのかって、本当に今でも僕は信じられないのね」。野球のレベルが上がり、パフォーマンスも進化した現代でベーブ・ルースは通用したのか。「昔の時代だからできたと思う。二刀流なんてのは、大谷がやる前まで、そんな言葉は考えられないよ」と、確信する。

今後、大谷の二刀流はどうなっていくだろうか。「どういう風になるかね。人間どうなるか分からないから。故障も付きものですけど、今は一番いい状態。まだまだ成績を出すんじゃないですかね。そのまま二刀流で続けていくような気もしますけど、でも分からないな、これはね。あいつが二刀流をやったってことだって分からないんだから、分からないですね」。山田は笑いながら、これからも大谷と一緒に夢を見る。(敬称略)【木下大輔】