天国のおやじにささげる優勝だった。甲子園で春2度の優勝、夏2度の準優勝を誇る名将・中井哲之監督(56)率いる広陵が、広島大会の決勝で、劇的なサヨナラ勝ちを飾った。延長10回、同点打も放っていた7番藤井孝太外野手(2年)が決勝打を放ち、2年連続、県内最多となる23度目の夏の甲子園出場を決めた。中井監督は亡き父親への思いを明かし、悲願の夏制覇へ、聖地に乗り込む。

 「おやじ、勝たせてくれえや」。中井監督の思いが、天国の千之(ちゆき)さんに届いた。延長10回。2死走者なしから敵失で二塁まで走者を進めると、7番藤井が決めた。「お前はチャンスに強いから、甘い球を思い切りいってこい」。中井監督の言葉に、藤井は奮起。左中間へ劇的なサヨナラ勝ちを決める一打を放った。「ほんまによく打ってくれた」。中井監督は手放しで藤井をほめた。

 中井監督は試合後、今年3月28日に父千之さんを78歳で亡くしたことをそっと明かした。中井監督自ら「頑固おやじ」と言うほどの人だった。名門を指揮する中井監督に「信用されて、他人のお子さんを預けてもらっているんだから、俺の葬儀にも来ないでいい」と病に倒れる前からもずっと言われていた。昨春に入院してからも病室にあまり顔を出すことはなかったという。練習を抜けたのは葬儀の日だけだった。その日、選手に初めて伝えたが、「誰にもしゃべるなよ」とくぎを刺した。人が詰めかけ、練習に支障をきたすことを防ぐためだった。当時の様子を猪多善貴主将(3年)は「そういうふうな感じはなかった。平然と接してくれた」と振り返った。

 くしくもこの日は、千之さんの4度目の月命日だった。「僕の野球人生は、父親から伝えられたものが非常に大きい。どうしても勝ちたかった」と中井監督。そして「男というものを教えてくれた。それが広陵野球部の根っこにもあるんだと思います」と言った。

 今度は悲願を届ける。OBの広島野村を擁した07年も、中村奨がいた昨夏も成し遂げられなかった夏の頂点へ。猪多主将も「夏に、中井監督を胴上げしたい」。一丸となって挑む。【奥田隼人】

 ◆中井監督の甲子園 86年に広陵の教員となり、4年間コーチを務めた後90年監督に就任。91年春は、松商学園との決勝をサヨナラで制し優勝。03年にも自身2度目の春Vを達成。西村健太朗(現巨人)上本博紀(現阪神)らを擁し、決勝では横浜を15-3と圧倒する強さを見せつけた。07年夏には決勝に進出も、佐賀北・副島浩史の満塁弾に涙をのんだ。昨夏は、中村奨成(現広島)が史上最多の1大会6本塁打の活躍も、決勝では花咲徳栄に屈した。史上12位タイの甲子園通算32勝を誇る。