令和の怪物スラッガーが甲子園に初見参だ! 日本高野連は28日、第94回選抜高校野球大会(3月18日~30日、甲子園)の選考委員会を開き、出場32校(一般選考枠28、神宮大会枠1、21世紀枠3)を決めた。高校通算50本塁打(公式戦12本、練習試合38本)を誇る花巻東・佐々木麟太郎内野手(1年)は、両肩の胸郭出口症候群のため昨年12月に手術。現在はリハビリ中だが、初の聖地での完全復活へ向けて全力を注ぐ。組み合わせ抽せん会は3月4日に行われる。

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甲子園で躍動するイメージはできている。気温1度。小雪が舞い、一面雪景色の花巻東グラウンド。佐々木麟は吉報を聞き「とにかく一番うれしい」。高校通算50発。全国デビューとなった昨秋の明治神宮大会でも豪快な1発を放ち、その名をとどろかせた。「個人としてもベストを出せればいいが、自分は『花巻東で優勝したい』という思いが第一に強い。とにかくチームのためにやっていきたい」。勝利を最優先に戦う。

何度も「聖地巡礼」した。甲子園で「見たい」とおねだりし、父洋監督(46)が指揮する花巻東に声援を送ってきた。09年のセンバツ初出場時に菊池雄星(マリナーズFA)を擁して準優勝。当時3歳だったが、その勇姿をスタンドで見届け「雄星さんの代を見て野球を極めたい」と思い、小学1年で本格的に競技を始めた。「憧れというか、自分も花巻東のユニホームを着て日本一を目指したいという気持ちは当時から強かったです」。エンゼルス大谷と阪神藤浪が投げ合った12年のセンバツも目に焼き付いている。

中学2年から患っていた両肩の胸郭出口症候群が悪化し、しびれなどの症状が出たため、昨年12月に手術を受けた。現在はバットを振らず、ボールは投げず、リハビリに専念。肩の可動域を広げるメニューや下半身強化に励む。「シーズン中は技術的なものを追い求めていた」が、体と向き合い、試合映像のチェックなど有意義な時間を過ごす。

大会まで約2カ月。「センバツ間近に復帰というのは明らか」と、元気な状態に戻るのは直前になりそうだが、来月中旬ごろから「徐々にやっていけるのでは」と見据える。「『花巻から日本一』の目標を達成するために3番打者の仕事をしたいです」。かつてはスタンドが定位置だった夢舞台。超高校級スラッガーとなり、甲子園に凱旋(がいせん)する。【山田愛斗】

 

◇胸郭出口症候群(きょうかくでぐちしょうこうぐん) 腕を上げた際に神経や血管が圧迫され、肩や腕など上肢に痛みやしびれが出たり、力が入りにくくなる症状。胸郭出口は首と胸の間にある狭い空間を指す

 

<主なセンバツ個人本塁打記録>

◆1試合最多(2本)19年決勝(対習志野)の石川昂弥(東邦)まで25人。84年桑田真澄、清原和博(PL学園)92年松井秀喜(星稜)07年中田翔(大阪桐蔭)14年岡本和真(智弁学園)らがマークした。

◆1大会最多(3本)19年石川昂弥(東邦)まで11人。2年生は84年清原和博(PL学園)95年大森聖也(観音寺中央)の2人。

<主な2年春の衝撃アーチ>

◆桑田真澄(PL学園) 84年1回戦の砂川北戦に5番ライトで出場し、2本塁打。当時大会新の1試合7打点。

◆清原和博(PL学園) 84年砂川北戦で桑田とアベック弾。2回戦では京都西から2打席連発。2試合で7安打、3本塁打。

◆山下航汰(高崎健康福祉大高崎) 17年札幌第一、福井工大福井戦で2年生では初となる大会2本の満塁本塁打。

◆藤原恭大(大阪桐蔭) 17年履正社との決勝で初回表先頭打者本塁打を放ち、決勝では大会初の1試合2本塁打。

◆来田涼斗(明石商) 19年智弁和歌山戦で春夏を通じて初めて、先頭打者本塁打(裏)とサヨナラ本塁打。