日本ハム斎藤佑樹投手(33)が1日、今季限りでの現役引退を発表した。
「ハンカチ王子」として一世を風靡(ふうび)した06年夏の甲子園。田中将(現楽天)擁する駒大苫小牧との2日がかりの決勝戦を制し、早実を初優勝に導いた投球を当時の紙面で振り返る。(所属、年齢などは当時)
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あっぱれ佑ちゃん。平成の鉄腕だ。激闘が続いた夏の甲子園最終日は21日、駒大苫小牧(南北海道)と早実(西東京)で37年ぶりとなる決勝再試合が甲子園球場で行われ、4-3で早実が逃げ切り初優勝を飾った。早実のエース、斎藤佑樹(3年)は前日(20日)の延長15回引き分けの疲れも見せず、この日も完投。18日の準々決勝から4日連続完投で、今大会7試合、69イニングをほぼ1人で投げ切る鉄腕ぶりを発揮した。4戦連続2ケタで春夏通算104奪三振(歴代2位)も記録。全国のファンをくぎ付けにしたタフネス右腕が、ついに頂点に立った。
ひたすら感情を押し殺してきた斎藤のほおを、熱いものが伝った。2日がかりの決勝戦。満員札止めの甲子園。斎藤を支えてきた家族、ベンチ入りできなかった部員が待つアルプス席へあいさつに走りだした途端、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。「王先輩も荒木先輩もできなかったことを成し遂げられたことが一番うれしいです。仲間を信じてマウンドに立ってきました。こんな体に生んでくれた親に感謝しています」と、声が震えた。
ふだんは心優しい18歳が、マウンド上では最後まで冷静沈着だった。4-1で迎えた9回表無死一塁。最大のピンチで、甘く入ったスライダーを3番中沢にバックスクリーン左へ運ばれた。「もう1度冷静になって、最初から3アウトを取ろう」。ひと呼吸おいて、空を見上げた。気持ちをリセットすると、4番本間篤をキレのあるスライダーで空振り三振。2死後、田中にはこの日115球目で147キロの表示で球場をどよめかせ、最後は144キロ直球で空振り三振に切った。
18日の準々決勝から4連投のマウンドだった。前日20日の決勝で延長15回、178球を投げた後は、ハリ治療と高酸素濃度カプセルに1時間入って疲労回復に努めた。試合前は「不思議なくらい肩が軽い」とケロリ。序盤から右投手の生命線である右打者への外角直球をていねいにコースに集め、スライダーとのコンビネーションで6試合連続完投。初戦から7試合69回、合計948球の熱投だった。奪三振は4試合連続の2ケタ13Kで合計78個として、歴代単独2位に浮上した。
驚異的なスタミナと精神力で、球史に残る再試合をものにした。今春センバツで横浜に敗れた後、毎日グラウンド裏の起伏のあるコースを走り込んだ。さらに早大のエース宮本賢(4年=関西)から伝授された、重心を下げたフォームで球速は5キロアップの149キロに成長。和泉実監督(44)は「斎藤はすべて自分で考えて練習した。私が言うことは何もなかった」と脱帽した。
最後はクルリと振り返って両腕を突き上げた。駒大苫小牧が始めた「NO・1ポーズ」で喜びを爆発させた。クールに見られがちだが、もともとは感情を表に出すタイプ。熱くなりそうになると、母しづ子さん(46)からもらった青いハンカチで汗をふいて気持ちを落ち着かせた。「自分にとってポーカーフェースには計り知れない力がある。相手打者に気持ちを悟られないのはもちろんだけど、ガッツポーズで自分の気持ちが不安定になるのも嫌なんです」と話した。試合中のペース配分だけでなく、感情までもコントロールできるところが、斎藤の真骨頂なのだ。
甲子園でヒーローになった斎藤が、創部101年の古豪・早実を初優勝へと導いた。中学の卒業文集で「荒木大輔2世になる」と書いて上京。荒木氏の準Vを超え、新たな歴史をつくった。数々の記録だけでなく、記憶にも残った男、斎藤佑樹。しゃく熱の甲子園のマウンドで一番輝いていた。(2006年8月22日付 日刊スポーツ紙面より)



